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大阪・国立民族学博物館で27年ぶりに貼り替えられる「弘前ねぷた」のねぷた絵って何?【貼り替え現場レポート】

2025/10/25
2025/12/4
大阪・国立民族学博物館で27年ぶりに貼り替えられる「弘前ねぷた」のねぷた絵って何?【貼り替え現場レポート】

東北地方の短い夏を彩る夏祭り「ねぶた・ねぷた」。青森県弘前市の「弘前ねぷた」は、東北三大祭りの1つ「青森ねぶた」とは一味違い、扇型の山車「ねぷた」に描かれた日本画「ねぷた絵」が特徴です。表面の勇壮な武者絵と、対照的に描かれる背面の美人画が見る人を惹きつけます。

国立民族学博物館では長年にわたってねぷたを展示をしていましたが、今回、27年ぶりにねぷた絵を貼り替えることが決まりました。さらに、ねぷた絵師・三浦吞龍(みうらどんりゅう)氏による制作実演も予定されており、滅多にないねぷた絵を間近に感じられる貴重な機会となっています。

ねぷた絵の貼り替えとは?

そもそもねぷたは、夏の農作業で人々を悩ませる睡魔や病魔を払う行事「眠り流し(ねぶりながし)」にその起源があるとされ、江戸時代の灯ろう流しから発展しました。ねぷたは灯ろうが大きくなったものとも言えます。1980年には青森ねぶたと共に国の重要無形民俗文化財に指定され、その芸術性と伝統的な価値が認められています。

ねぷた

ねぷたは扇型の骨組みとねぷた絵で構成され、ねぷた絵の貼り替えは、ねぷたの制作工程においてはクライマックス。最後の仕上げとなります。ねぷた絵はねぷた絵師が主に三国志や水滸伝などを題材にアトリエなどで新たに描き下ろし、ねぷた団体が毎年骨組みに貼り替えます。ねぷたは大きいものだと高さ9メートル、幅7メートルもあるため、貼るだけでも作業としては大変な力仕事です。接着剤などで丁寧に貼り付けていくため、慎重さを要する工程です。

ねぷたの最大の特徴は、「動と静」のコントラストにあります。表面に描かれる勇ましい武者絵「鏡絵(かがみえ)」はまさに「動」。背面に描かれる優美で繊細な美人画「見送り絵」は「静」を表現しています。その大胆さと繊細さの融合は高い芸術性を持ち、弘前ねぷたまつりではそのねぷたが街中を運行します。

ねぷた絵師・三浦吞龍氏から聞くねぷた絵の見どころ

三浦氏は50年以上にわたって第一線で活躍するねぷた絵師です。今まで600台以上の大型ねぷたを手掛けてきました。国立民族学博物館に収蔵されているねぷたについても1979年の展示当初からねぷた絵の制作を担当しています。ねぷた絵を通じた国際交流や、NHKの舞台用作品としてのねぷた制作など、ねぷたの普及や文化振興のために尽力してきました。

三浦吞龍さん

今回のねぷた絵の貼り替えは、三浦氏にとって27年ぶり。三浦氏によると、27年も経ち劣化が進んでいたこともあり、今回の貼り替えに至ったと言います。

三浦氏がねぷたの鏡絵に選んだテーマは「川中島の合戦」でした。武田信玄と上杉謙信の対決を描く、最もポピュラーな題材です。鏡絵の題材は、中国の『三国志』や『水滸伝』のほか、日本の戦国武将やその逸話などのシーンが選ばれます。三浦氏が描いた今回の鏡絵では、武田信玄と上杉謙信がにらみ合い、躍動感のあるポーズで対峙しています。ねぷた絵はその迫力を出すため、人物や構図が特有のデフォルメで描かれていることも特徴。一枚の絵から時代を超えて語り継がれる歴史や文学のロマンを感じさせます。

三浦吞龍氏

また、背面の見送り絵には「八重垣姫(やえがきひめ)」が描かれています。八重垣姫は上杉謙信の娘で、武田信玄の息子との悲恋物語が歌舞伎の演目として登場します。鏡絵と見送り絵は、物語やテーマで関連付けられて描かれ、「動と静」だけでなく、真逆の主題と表現方法を持ち、強烈な対比を生み出しているのです。ねぷた絵師のセンスや技術を感じ取れるポイントでもあり、ねぷた絵師に感銘を受ける子どもも少なくありません。

三浦吞龍氏

ねぷた絵師の工夫と貼り替えへの想い

国立民族学博物館ではねぷた絵の貼り替えだけでなく、三浦氏が額絵3枚を描く、実演を見学することもできます。額絵はねぷたの台座の部分にあたり、三浦氏が下絵からロウ付け、色塗りまで行います。ロウ付けというのは、ねぷた絵の美しさと独特の立体感を生み出す、特徴的な技法です。特に夜に輝くねぷたでは、内部からの照明でロウ部分が白く透け、絵に深みと立体感を与えます。

三浦氏に聞いたところ、このロウ付けによって描かれるねぷた絵の美しさは実際に祭りで見るまで分からないと言います。絵は、描くときは床の上ですが、実際にねぷた絵として披露する際は立体として立つことになります。その上、内部からの発光による透け具合は想像と経験でしか分からない部分。この見え方の違いは三浦氏でもイメージが異なることもあるそうで、だからこそねぷた絵の世界は奥深いのかもしれません。

大阪での展示について三浦氏は「川中島の合戦という日本の武者絵としての伝統を引き継いだ題材を選んだことで、ねぷた絵になじみがない人でも身近に感じてもらえるのでは。ねぷた絵はアートである一面、祭りの中の絵として客観性を持たせる必要がある。一人でも多くの人がねぷた絵を通じて祭りに興味を持ってもらえるとうれしい」と語っていました。

貼り替え当日の様子をレポート

ここからは2025年11月6日(木)・7日(金)の2日間に渡って国立民族学博物館で実施された「ねぷた絵貼り替え」の様子を追記し、レポート形式でお伝えします。

元々このように展示されていた「弘前ねぷた」ですが…

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え2022年7月撮影

まずは27年間に渡って展示されてきたねぷた絵を剥がしていきます。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

すっかり骨組みだけになりました。

まずは、正面の「鏡絵(かがみえ)」から貼っていきます。

国立民族学博物館_弘前ねぷた貼り替え

同時に、三浦吞龍氏が「額絵」を描く実演も開始。見学者への解説を行いながら、下絵に筆入れを行っていきます。

国立民族学博物館_弘前ねぷた貼り替え

「ロウ付け」の作業に入ると、会場は溶けたロウの独特の香りに包まれます。

国立民族学博物館_弘前ねぷた貼り替え目の部分にロウを塗っている

少し時間を置いて、色塗りを行います。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

「額絵」に命が吹き込まれていきます。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

時を同じくして、多くのギャラリーに見守られながら背面の「袖絵」と「見送り絵」の貼り替えが始まりました。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

まずは、「見送り絵」の周りの「袖絵」を貼り、蔦(つた)、雲(くも)を貼ります。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

次に、見送り絵「八重垣姫(やえがきひめ)」を貼ります。

ねぷたの下部に、津軽家の家紋である牡丹が描かれた「開き」が貼られ、

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

ギャラリーが注目する中、ねぷたの台座部分に「額絵」が貼られていきます。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

出来上がったばかりの「額絵」が綺麗に貼られ、完成に近づいてきました。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

会場に来られたお子さんは、額絵の「雲漢」の文字を真似てスケッチブックに描きます。これには三浦氏も感心の様子。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

最後に、電球の位置を細かく調節して内部からの光の具合をチェックします。ロウの透け具合も確認し「おぉ、綺麗だ」と三浦氏の口から納得の言葉が漏れます。

国立民族学博物館_弘前ねぷた貼り替えアイキャッチ

2日間をかけ、27年ぶりの「ねぷた絵貼り替え」が完了しました。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え

最後に、今回のねぷた絵張り替え作業を行なった皆様で記念撮影。

国立民族学博物館_ねぷた絵貼り替え三浦吞龍氏(右から2番目)と貼り替え作業を行なった弘前市役所の皆さま

貼り替え作業を終えたばかりの三浦氏に感想をお伺いしました。

– 27年ぶりの貼り替えとなりましたが、いまの率直なお気持ちをお聞かせください。

三浦氏:このあと何年経ってどうなるかは想像がつかないですけれども、まずはひと段落したのでほっとしています。

– この先も長年に渡って展示されていきますが、このねぷたを見る人に伝えたいことはありますか。

三浦氏:すごくいい感じに仕上がりまして、大きさも本物に近い形にできたと思います。また囃子とか付けばまた感じが違うんですけれども、これで心を掴んで、本物の弘前ねぷたを見たいという気持ちになってくれたらと思います。

 

この記事で紹介したねぷた絵を見られるのは、大阪・国立民族学博物館だけです。ぜひ本物の「弘前ねぷた」をじっくりと見ていただき、夏には弘前ねぷたまつりにも足を運んでみてはいかがでしょうか。

弘前ねぷたまつり

弘前ねぷたまつり

毎年8月1日から、7日間にわたって行われる「弘前ねぷたまつり」の合同運行では、大小約70台ものねぷたが街の中心市街を運行し、各団体が趣向を凝らしたねぷた絵の美しさを堪能できます。笛や太鼓などが奏でるねぷた囃子に「ヤーヤドー」の掛け声。そして夏の夜に輝くねぷた。この熱気や哀愁は祭りでしか味わうことができません。

開催日時:毎年8月1日~8月7日
アクセス:大阪国際空港(伊丹空港)から青森空港、弘南バス空港連絡バスで「弘前駅」へ

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