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日本三大提灯祭りとは?いつ開催?秋田竿燈まつり、尾張津島天王祭、もう一つはどこ?

2023/10/5
2024/3/5
日本三大提灯祭りとは?いつ開催?秋田竿燈まつり、尾張津島天王祭、もう一つはどこ?

全国各地の様々なお祭りには、「提灯」を使ったものがあります。夜には灯りがともって幻想的な風情を感じられますが、なかでも

◎秋田竿燈まつり(秋田県秋田市)
◎二本松の提灯祭り(福島県二本松市)
◎尾張津島天王祭(愛知県津島市)

この3つが一般的に、規模の大きさや歴史などから「日本三大提灯祭り」と称されています。この記事では、それぞれどんなお祭りか、そして今年2023年の開催内容などもご紹介します。

(この記事は2022年に公開されたものを再編集しています。2023年10月5日 編集部更新)

秋田竿燈まつり(秋田県)

秋田竿燈まつり(夜) 秋田市オープンデータより クリエイティブ・コモンズ・ライセンス(表示4.0 国際)

「秋田竿燈(かんとう)まつり」は、「青森ねぶた祭」「仙台七夕まつり」と並ぶ「東北三大祭り」の1つでもあり、2017年には130万人以上の来場者が訪れた全国的にも有名なお祭りです。

祭りのルーツは、青森ねぶた祭や仙台七夕まつりと同様に、稲作文化に根ざした旧暦の七夕時期に行う行事にあるといわれています。それは、真夏の暑さからくる眠気や病魔を祓うため、合歓木(ねむのき)や笹竹に願い事を書いた短冊をつけて川や海で水に流した「眠り(ねぶり)流し」というものです。

やがて江戸時代の1700年代になり、秋田の久保田城の城下町で、ろうそくの普及やお盆に門前に掲げる高灯籠などが組み合わさって、現代の竿燈の形になったといわれています。

「竿燈」とは、格子状に組んだ竹竿にたくさんの高張提灯を吊ったもので、大きな竿灯では、高さ10m・重さ50㎏になるものも。提灯を「米俵」、竿灯全体を「稲穂」に見立てていて、豊作祈願の意味が込められています。

お祭り当日は、200本以上の竿灯が大通りを練り歩きます。吊るされた提灯の合計数は10,000個以上にものぼり、まさに圧巻です。しかも提灯はすべて職人の手作り。夜には本物の火が灯され、美しく幻想的な光景が秋田の街を包みます。

「差し手」と呼ばれる男性が、掛け声に合わせ、手のひらや肩、腰などで巧みにバランスを取りながら竿燈を支える様子も、このお祭りの見どころです。

秋田竿燈まつりは毎年同じ日程で行われており、2023年も8月3日(木)~8月6日(日)に開催されました。提灯に灯がともる夜竿灯は、連日19:15から20:35まで、秋田駅近くの「竿灯大通り」で行われました。

二本松の提灯祭り(福島県)

「二本松の提灯祭り」は、350年以上の伝統を持ち、福島県の重要無形民俗文化財にも登録されているお祭りです。宵祭り、本祭り、後祭りとして、二本松市で3日間開催され、期間中は約300個の鈴なり提灯を灯した太鼓台と呼ばれる7台の山車が市内を練り歩きます。1643年、二本松城主の丹羽光重公が二本松神社を祀り、領民は誰でも参拝できるようにしたことが、提灯祭りの始まりといわれています。

お祭りのメインは、初日の宵祭りに行われる七町合同引き廻しの点火式です。それぞれの字の代表が、二本松神社より運ばれたご神火を太鼓台の提灯に点火していくと、太鼓台は紅提灯に美しく彩られていきます。宵祭りの最後は、二本松駅前に到着した2000個以上の紅提灯を灯した七台の太鼓台が一列に整列し、見応え抜群です。

また、難しい技を駆使して太鼓台を操る様子が見られるのも、このお祭りの醍醐味。総重量が2トン近くにもなる太鼓台にはハンドルがなく、車輪(わっぱ)と綱のみでかじを切ります。

2日目の本祭りには、神輿渡御なども行われます。3日目の後祭りに最後の舞台である霞が城で行われる合同引き廻しも見逃せません。「日本の道100選」に選出されている城前の道を進み、霞が城の前に並んだ太鼓台の紅提灯は、重厚な石垣を背景に美しく映えます。

「二本松の提灯祭り」は、毎年10月の第一土・日・月曜日の開催で、2023年は10月7日(土)~9日(月)に行われます。見どころを詳しく解説した下記の記事もご参考に、ぜひお出かけしてみてはいかがでしょうか。

尾張津島天王祭(愛知県)

「尾張津島天王祭(おわりつしまてんのうまつり)」は、津島神社の祭礼として600年近くの歴史を持ち、「日本三大川祭り」の1つにも数えられているお祭りです。全国の夏祭りのなかでも最も華麗なものといわれ、「山・鉾・屋台行事」の1つとして、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

お祭りの由来には諸説ありますが、一つは京都の神泉苑へ御霊を鎮め送った祭事「御よし流し」が伝播したというもの。川辺に群生している葦(よし)に心身の穢れを託し封じ込めて流すことで、夏の酷暑を無病息災で過ごすことを祈る行事が伝わったという説です。

他には南北朝時代、南朝の後醍醐天皇の曽孫、良王親王が津島に逃れてきた際、北朝方の武士を船遊びに事寄せて討ち取ったことからお祭りを行うようになったという説が有名です。

提灯は初日の宵祭、日が暮れ始める頃から、まきわら船に取り付けられます。最初は真柱(まばしら)に、旧暦に換算してその年の月の数と同じ12個または13個が付けられます。

次は真柱を取り囲む形で半球状に、1年の日数と同じ365個の提灯が飾られます。

日も暮れた宵の口、ひとつずつ下から手渡しで丁寧に提灯が付けられていく光景はとても幻想的で美しく、これだけで絵になります。

すべての支度を終えたまきわら船は車河戸(くるまこうど)を出て、お囃子の調べとともに観客たちが待つ会場の丸池へと漕ぎ出します。

この後の様子は、動画を交えたレポートでお楽しみください。

そして、翌日の「朝祭」では提灯を取り、また別の絢爛豪華な姿のまきわら船が見られるのも、尾張津島天王祭の特徴です。

車河戸にならんだ船は山車のような姿の「車楽船(だんじりぶね)」となって、赤を基調とした屋台の上に等身大の能人形を飾っています。

丸池へと進み出た車楽船からは、10人の鉾持たちが水中に飛び込み、対岸に泳ぎ渡って津島神社まで裸足で走り布鉾を納めます。

その後は船から降りた稚児が、足を地面につけずに津島神社まで帰り、最後には神前奏楽が行われるのですが、これら一連の流れは動画を交えたレポートでぜひお楽しみください。

尾張津島天王祭は、毎年7月第四土曜日とその翌日の日曜日に行われており、2023年は7月22日(土)と7月23日(日)、6年ぶりに通常規模で開催されました。

おわりに

「日本三大提灯祭り」には、いずれの祭りにも五穀豊穣や豊作への祈りであったり、疫病にかからず無病息災に過ごせるようにとの人々の願いが込められています。そして、大切に受け継がれてきた歴史と伝統のあるお祭りです。

それぞれの提灯祭りを訪れ、夜空に美しく映える提灯の明かりとともに感動の体験を味わってみてはいかがでしょうか。

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