獅子頭はなぜ、苔で作られたのだろうか?その一風変わった獅子頭は近年、千葉県千葉市緑区椎名崎町の聖宝寺で発見された。明治時代に雨乞いで使われた獅子頭だろうとのこと。
千葉市中央区浜野町にある旧生浜町役場庁舎では、2022年11月17日~12月10日の日程で「椎名崎の雨乞い・雨降りガッコ展」という展示を開催。この獅子頭をお披露目することとなった。同施設の管理運営を行うNPO法人ちば・生浜歴史調査会により、郷土愛の醸成を目的として企画されたものである。
展示が行われていることをTwitterで知った僕は、この謎深い獅子頭の魅力に惹かれ現地に伺うことにした。こちらが会場となった旧生浜町役場庁舎。90年以上の歴史があり、とてもおしゃれな外観の建物だ。早速中に入ってみよう。
旧生浜町と椎名崎町
獅子頭を拝見する前に、まず地域に関する基礎知識として、展示が行われている旧生浜町と獅子頭が発見された椎名崎町の位置を確認しておこう。
生浜町は生実町と浜野町の生と浜の字を取った複数の町からなる地域名で、半農半漁の生活形態が特徴。東京湾に接しながら内陸側にも深く入り込んでいる。
今回は旧生浜町から見て内陸側の隣町である椎名崎町の獅子頭が展示された。ここでは今から約130年前、明治27年(1894年)に雨乞いのお祭りが行われた記録が残されている。
獅子頭とご対面
さあ、それでは椎名崎町に伝わる雨乞いに使われた獅子頭を見てみよう。この獅子頭は展示スペースの最奥に展示されていた。その風貌にはびっくり!手作りの素朴さがある一方で神秘的で、非常に魅力があると感じた。
獅子頭は雌雄一対で残されている。雄には角と耳がある一方で、雌には耳のみが取り付けられており、双方とも取り外しが可能な作りだ。雨乞いのために水の象徴としての龍を模したような風貌である。目は蛇目(じゃのめ)のデザインであり、北陸地方など他地域の獅子頭に見られる蛇信仰との共通性も垣間見られる。
また、頭の木材は杉板で、松の苔が貼り付けられており、鼻髭には「ウゴ」と呼ばれる海藻(オゴノリ)が使われている。雄獅子には角と角の間に宝珠があり、梵字で何か書かれた跡があったと言われる。獅子頭の裏側にはカゴが取り付けられており、和紙が貼られている。
それにしても、どうして獅子頭に苔が生えているのか?これは大いに疑問である。NPOの方にお話を伺うと「獅子頭が作られた時から生えていたでしょう」とのこと。確かに手入れされたような生え方をしている。
龍の鱗のような模様にしたかったのかもしれないし、苔は湿気のある環境で育つから雨が必要で、それが雨乞いと掛けられているのかなとも思った。ただ真相はよくわからず、想像の域を出ない。
また、雨降りガッコの祭礼行列には獅子舞の他に、山伏、天狗(猿田彦)、鉄棒、拍子木、警護、神主、笛、歌唄いなど様々な役の人々が参列したとされ、その道具も展示されていた。使われた祭り道具の量が多く、それがきちんと保存されていることに驚いた。
関東地方では三匹獅子舞が広域に渡って広がっており、雄2頭が雌1頭を取り合うという演目が多く見られる。ただ、今回の獅子舞は雄龍が霧の中に居る雌龍を探し当て歓喜するという内容であり、雄雌一対であることは珍しい。最後のシーンでは、雲が出て雨が降ってきて「もう帰ろう」という場面で終わるそうだ。まさに雨乞いの獅子である。
獅子で雨乞いの背景
今回、取材をさせていただいた獅子頭は雨乞いのためのもの。水道が整備されていない時代において、雨が降ることは農作物の生育や日常生活に欠かせない水を確保するという観点から重要なことだった。また、 雨乞い祭りをしても雨が降らないときは、 神主が切腹したという話も残っている。雨がどれほど人々に望まれていたのかがわかる。
元々、この雨乞いに使われた獅子頭は「箱を開けて虫干しをするだけでも雨が降る」と言われており、それを身につけて舞うことはさらにその効果を増すものであったことが推測できる。果たしてその効果はどれ程だったのだろうか?
明治27年の天気に関して、銚子の気象台のデータが残されている。雨乞いの祭りが行われた記録が残る明治27年には、6月の降水量が16.2ミリ、7月は5.9ミリだったそうだ。特に7月8~28日の期間は降水がなかったとされ、非常に苦しい生活を強いられていたことだろう。
7月20日の夜に雨祈祷、翌21日に獅子頭の虫干しが行われたがそれでも雨は降らず、23日に千葉警察署に雨乞い祭りの許可をもらい、27日と28日に舞を奉納したと記録されているそうだ。このくらい降らないと雨乞いという呪術に頼らざるをえない状況になるのだろう。
展示が開催された背景
ところで今回、展示が行われた背景についても触れておきたい。
獅子頭が出てくる十数年前、地元の椎名小学校の創立140周年の時に、古老から「子供の頃に雨乞いがうちの庭先に来た」という話が出てきたという。しかし、道具が見つからず困っていた。そこで、伝承をもとに泣く泣く道具から舞い方まで全てを一から作り上げた。そして、郷土の慣習の再演と郷土愛の醸成を目的として、小学校の子どもたちが舞ったそうである。
それから時は過ぎ、近年、椎名崎町にある真言宗の聖宝寺のお寺の庫裏に獅子頭がしまってあったのが発見された。この時、当時の小学校関係者は大いに喜んだそうである。ミカン箱数個に入れられており、埃まみれだったので、捨てる可能性もあったとのこと。その獅子頭は、無事に保管され、NPO法人ちば・生浜歴史調査会の方々によって今回の展示が実現された。
今回、椎名小学校で舞われた獅子舞の様子をビデオで見せていただくことができた。
貴重な獅子舞に気づいてほしい
今回の展示を企画されたのはNPO法人ちば・生浜歴史調査会の方々。獅子舞の作りを明らかにするべく設計図を描いたり、展示場所が直射日光に当たらないように配慮をしたりと、試行錯誤をされていたようだ。
地域の方々は大したことがないとよくおっしゃるけれど、この獅子舞に関しては本当に珍しくて魅力的だと感じた。まだまだ確認できていない資料も埋もれているとのことで、この獅子舞の研究が進展していくことを楽しみにしたい。そのような想いで、会場を後にした。
■椎名崎の雨乞い・雨降りガッコ展
会期:2022年11月17日(木)~12月10日(土)のうちの火・木・土曜日 ※好評のため、会期が延長されました
11月17日(木)、19日(土)、22日(火)、24日(木)、26日(土)、29日(火)、
12月1日(木)、3日(土)、6日(火)、8日(木)、10日(土)
休館日:月・水・金・日曜日
時間:午前9時30分~午後4時
入場料:無料
会場:千葉市旧生浜町役場庁舎(千葉県千葉市中央区浜野1290-3)
電話:旧生浜町役場庁舎 043-265-8816
詳細:千葉市公式サイトのイベント案内ページまたは旧生浜町役場庁舎のページ、浜野町内会ホームページ
【参考文献】
貝塚博物館紀要 第2号 昭和42年度
椎名崎の雨乞い・雨降りガッコ展 パンフレット
※今回の取材では、NPO法人ちば・生浜歴史調査会の白井さんとデザイナーのノギさんにお話を伺うことができ、その内容も含めながら執筆させていただきました。