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関西の「十日えびす」と関東の「二十日えびす」のルーツは一緒?「えびす講」とお祭りの基礎知識!

2024/1/1
2024/3/8
関西の「十日えびす」と関東の「二十日えびす」のルーツは一緒?「えびす講」とお祭りの基礎知識!

関西から西の各地では、毎年お正月の1月10日前後に“えべっさん”こと「十日えびす」が盛大に開かれます。一方、主に関東では毎年10月20日または11月20日に「べったら市」や「えびす講」と名のつく祭りが開かれ、これらは「秋えびす」や「二十日(廿日)えびす」とも呼ばれています。

どちらも、えびす様を祀る神社で行われているお祭りなのですが、元をただすとルーツは同じなのでしょうか?だとしたら違いはどうして生まれてきたのでしょう。この記事で詳しく解説します。

えびす様は「異邦人」から「神様」になった!?

えびす様は大きな福耳でにこやかな「えびす顔」、手には釣り竿と鯛を持った姿で描かれ、大漁や航海安全、商売繁盛に家運隆盛とたくさんのご利益をもたらすとされています。

七福神のなかの一柱としても知られていますが、漢字では戎や夷、蛭子、恵比寿、恵比須、恵美須など様々な書き方があります。その正体にも複数の説があると同時に、それらの神話や逸話が複合した神様だともいわれています。

例えば「戎」や「夷」には、海の向こうの見知らぬ地からやってくる「異邦人」の意味があり、これは日本書紀に登場する大陸からの渡来神である少彦名神(すくなびこなのかみ)を指しているのではという説があります。また、昔の人々は砂浜に鯨やイルカが打ち上げられたときは「エビスが上がった」といい、豊漁を願って祀っていたのだそうです。

「蛭子」という字は「ひるこ」とも読みますが、古事記などに登場する神様の名前です。イザナギとイザナミの間に生まれた蛭子は手足が不自由だったため船に乗せて流されてしまいます。漂着したという伝説は各地に残り、後の書物「源平盛衰記」には摂津国に流れ着いて海の神様となり、現在のえびす様の総本社である兵庫の西宮神社に祀られたと記されているそうです。

山幸彦は海底の宮から、釣り針を飲み込んだ鯛を持ち帰ってきた姿からえびす様とする説がある

他に、因幡の白兎で知られる大国様の御子神である「事代主神(ことしろぬしのかみ)」をえびす様だとする説もありますが、船に乗ったり海辺で魚釣りをしていたと伝えられていることが、えびす様のイメージに繋がっているようです。

浦島太郎のモデルになったともいわれる山幸彦(やまさちひこ)という神様は、兄の海幸彦(うみさちひこ)から借りた大切な釣り針を失くして海中に探しに行き、海神の宮で姫から気に入られて3年を過ごした後、釣り針を飲み込んだ赤鯛をもらって地上に帰ってきたという物語から、えびす様と同一視されています。

そしてこの「釣り竿と鯛を持った姿」から「えび(=えびす)で鯛を釣る」という語呂合わせも誕生。少ない元手で大漁豊作や商売繁盛を得られる神様として崇められるようになったのだそうです。

ちなみに、恵比寿・恵比須・恵美須という文字があてられるようになったのは近世以降のこと。他の文字の意味が縁起が良いとは言い難く、おめでたい意味の文字に置きかえられたのでは、といわれています。

「えびす講」とは?えびす様は神無月の「留守番役」!?

えびす様の正体には諸説あれど、古くから日本の各地で信仰されていた神様だということはお分かりいただけたかと思います。次に、現代でもえびす様の祭りの名称にもなっている「えびす講」について解説しましょう。

お伊勢参りの大流行により伊勢講も盛んに。東海道の宿場を経て神宮に辿り着くすごろくが楽しい。/広重『伊勢参宮膝くりげ道中寿語録』,山城屋甚兵衛,安政2. 国立国会図書館デジタルコレクションより

そもそも「講」というのは、仏教用語で経典の講義をする会や、信者が集まって仏の徳を賛美する法会 (ほうえ)のこと。それが発展して同じ信仰で結ばれた集団や、同じ職業の仲間たち、経済的に相互に助け合う団体などと、それらの講員たちが行う活動そのものも指す言葉になりました。

例えば、薬師講や地蔵講、浄土真宗の報恩講などは仏教講の典型で、代表者が伊勢神宮に参拝する伊勢講、富士山登拝を目的とする浅間講なども宗教的講の一種です。金品の融通をはかる経済的講には頼母子(たのもし)講や無尽(むじん)講、同業者による講には大工や建築業者の太子講、養蚕のオシラ講など、実にさまざまな「講」がありました。

肝心の「えびす講」は、えびす様への信仰心の篤さは想像に難くありませんが、海の神様であることから漁師仲間が結成する講社や、商売繁盛のご利益を求める商人がほとんどを占める講社が多かったようで、おおむね職業的講に分類されています。

楊洲周延 筆『江戸風俗十二ヶ月の内 十月豪商恵比壽講祝の図』,横山良八,1889. 国立国会図書館デジタルコレクションより ※編集部にて一部抜粋・加工

えびす講では、講員たちがこぞってえびす様を祀る寺社にお参りし、大漁や商売繁盛などを祈願しました。また、それぞれの家にえびす様の像を祀り、鯛や鏡餅、お酒や旬の食べ物、財布やお金など商売にちなんだものまで、たくさんのお供えをしたそうです。

さらに、えびす講の日には商売仲間や親せきや友人を招いて、大勢で賑やかに祝うしきたりもありました。各店舗ではお客さんにミカンを配ったり、大安売りをするところも。これは「誓文(せいもん)払い」といって、元々は京都四条寺町の官者殿(かじゃでん)へ、日頃の商売上ついた嘘を払い神罰を免れるようにと商人や遊女が参詣して祈った風習だったものが、いつしか罪滅ぼしの出血大セールとなり、現在まで続くえびす講の名物となっています。

そして、えびす講の盛大なお祝いや祭りの開催日は、決まって旧暦の10月20日でしたが、その理由に「10月は別名で神無月と呼ばれる」ことが関わっています。

全国の神々が10月に集って会議をするという出雲大社の摂社「上宮(かみのみや)」/撮影:佐々木美佳

毎年10月は、日本中の神々が島根県の出雲大社に集まるといわれる月です。そのため、10月のことを出雲では神在月(かみありづき)、それ以外の地域では「神無月(かんなづき)」と呼んでいます。

しかし、すべての神様が出雲に行くわけではなく、実は地元で留守番をして人々を守ってくれている神様もいます。その「留守神(るすがみ)」の代表格がえびす様なのです。

えびす講のお祝いやお祭りは、神無月に1人留守を任されたえびす様を慰めるために始まったという説が有力です。一方で、本来なら神様がいない時期に祭りを行うことを正当化するため、「留守神」という考えを編み出したのだという説もあります。

関東の有名な「秋えびす」「二十日えびす」のお祭り

現在、関東のえびす様のお祭りは毎年10月20日か、旧暦を新暦に換算して1か月遅らせた11月20日に多く行われています。理由は前章で述べたとおりで、二十日えびす、廿日(はつか)えびす、関西に対して秋えびすなどと呼ばれることもあります。

べったら市

東京でえびす様の祭りが盛大に行われるようになったのは江戸時代の中期ごろからといわれ、日本橋や恵比寿などが有名です。

大根を麹や水飴で漬けた「べったら漬け」がよく売れたことから、やがてはべったらを中心に売る「べったら市」となっていきました。

べったら市

長野県長野市の西宮神社では、毎年3日間行われる「えびす講祭」が有名です。

音楽と花火のコラボレーション ミュージックスターマイン【信州煙火工業】

開催日は旧暦の10月20日を新暦に当てはめて、ほぼ1か月遅れの11月20日頃に毎年行われています。

こちらのえびす講祭は、明治時代から続いており、えびす様への感謝と祭の景気づけのために花火を打ち上げたことから、「長野えびす講煙火大会」の名前で知られ、美しい花火を目当てに例年大勢の観客が訪れます。

また、ごく一部ですが、お正月明けて1月の20日に「二十日えびす」を行う関東の神社もあります。浅草神社はその一例です。

関西の有名な「十日えびす」のお祭り

関西でえびす様のお祭りといえば、何といっても新年の“えべっさん”こと「十日戎(とおかえびす)」です。1月10日を本祭として、多くの神社で9日~11日までの3日間行われています。

特に有名なのは、兵庫の西宮神社と大阪の今宮戎神社、京都ゑびす神社で行われる十日戎で「日本三大えびす」とも称されています。

関西の十日えびすのほとんどに共通しているのが「商売繁盛で笹もってこい」というフレーズでおなじみの「福笹」です。笹には「吉兆」という米俵や小判など縁起の良い飾り物の中から好きなものを選んで飾り付けますが、これはえびす様が持っている釣り竿に見立てたもの。持ち帰って神棚に飾ると福を運ぶとされるため、毎年人気を呼んでいます。

西宮神社では、毎年1月10日の朝6時から行われる「福男選び」が有名です。表大門から約230m離れた本殿へ駆け抜ける姿は、毎年ニュースにもなります。

福笹や吉兆を飾り付けたカゴ

今宮戎神社と京都ゑびす神社では、「宝恵籠(ほえかご)行列」も見所です。縁起物で飾られたかごには芸妓さんや福娘さん、京都では太秦映画村から東映の女優さんらが乗り込み、街を練り歩いて華やかなお祭りとなります。

関東と関西で開催日が異なる理由は?

同じ神様を祀っているとはいえ、関東と関西でそれぞれ独自に進化発展を遂げたえびす様のお祭り。最大の謎はやはり開催日の違いです。

現代でも10月20日にえびす講の祭りが行われている関東では、昔も神無月の留守神信仰からずっと10月20日に行われてきたという由来に説得力があり、そこから関西の十日えびすが派生したようにも見えますが、関西のほうがもっとずっと古くからえびす様を祀ってお祝いをしていたという説もあり、はっきりした理由は分からないというのが実際のところです。

ただ歴史上、古くから関西は商人の町として発展しました。それに対して農業が発展した関東ではえびす様を農業の神とする傾向があり、収穫に感謝する季節に「秋えびす」が行われることがきわめて自然だったのかもしれません。

同時に、関西ではえびす様は「商いの神」とする傾向が強く、十日えびすも「商人えびす」との別名もあり1月10日に行われるようになった由来としていくつかの説があります。

まず、正月に立つ市と結びついて1月10日にえびす様のお祭りが行われるようになったという説。
そして、えびす様を祀る神社の総本社である西宮神社には、えびす様に参拝する1月10日の前日の9日には家に閉じこもらねばならない「居籠もり・忌籠(いごもり)」と呼ばれる習慣が室町時代からあり、これが「開門神事 福男選び」の起源にもなっていますが、この習慣に合わせて十日えびすが行われるようになったという説。その他にも、1月10日がえびす様の生まれた日なのであやかっているという説もあります。

おわりに

関西では、えびす様は商いの神様で十日えびすが商売繁盛のお祭りとお伝えしました。それでは、関東には商売繁盛のお祭りはないのか?というと、毎年11月に2~3回めぐってくる「酉(とり)の日」に市が立つ「酉の市」があります。

祀られているのはえびす様とは別の神様ですが、縁起物の熊手を買い求める人たちで十日えびすに劣らぬ賑わいを見せますので、興味のある方はぜひ下記の記事もあわせてご覧ください。

それぞれの地域で時期や内容は違えど、日本全国で行われているえびす様のお祭り。歴史を知ると、えびす様は昔から日本人に厚く信仰されてきたことが分かります。

全然知らなかったという方も、毎年楽しんできたという方も、今年はそんなお祭りに参加してえびす様のご利益にあやかってみてはいかがでしょうか。

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