2022年11月27日(日)、広島県安芸高田市美土里町にある神楽門前湯治村 神楽ドームにて「2022ひろしま神楽春夏秋冬特別公演in神楽ドーム」が開催されました。出演神楽団の変更や演目の変更がありましたが、当日は多くの観客を迎え、演者、観客共に神楽を楽しむ1日となりました。
早朝から並ぶ人々。早い人は前日昼から!
早朝はかなりの冷え込みとなった公演当日。9時の開場よりも前に、多くの人々が神楽ドーム前に列を作っていました。
9時になると続々と、入り口で検温と消毒を終えた人が会場に駆け込みます。その様子は、まるで運動会の席取り! シートや防寒具など、さまざまなアイテムを抱えたり、中にはカートで引いたりして持ち込んでおり、地域の一大イベントであることを感じさせてくれました。
場所をとると、次は1日くつろぐための空間作りが始まります。劇場へ公演を見に行く感覚よりも、子どもの運動会や発表会、もしくは、地域のお祭りのようなアットホームな雰囲気で、神楽を楽しんでいることが伝わってきました。
席が整うと、さっそくビール片手に宴会をしたり、出店の食べ物で体を温める人たちが多数。知り合い同士で和気あいあいと、飲食しながら公演のスタートを待ちます。伝統芸能でも、歌舞伎や能とは異なる、人々の生活に密着した娯楽ならではの一面を垣間見ることができます。
会場の中でもベストポジションであろう、一番前のセンターに座っていた2人の若い男性に話を聞いたところ、前日昼から会場前に並び、場所取りを開始したとのこと。ご自身も神楽をされているとのことで「いろいろなのが見られて勉強になる」と訪れたのだそう。新型コロナウイルスでなかなか生で見られなかったからこそ、「いつか、こういう舞台で舞ってみたい」と話していました。
声出しNG、拍手で応援! 多彩な6団のプログラム
当初発表されていたプログラムから変更があり、次の6つの神楽団が公演を行いました。神楽には新舞と旧舞があり、津浪神楽団は旧舞、ほかの神楽団は新舞を披露しました。
「滝夜叉姫(たきやしゃひめ)」山王神楽団(北広島町)
平将門の娘・五月姫が父の無念を晴らすべく貴船の社に祈願をかけます。満願の日、妖術を授かった五月姫は滝夜叉姫と名を改め、天下に禍をなしますが、勅令を承った大宅中将光圀(おおやのちゅうじょうみつくに)によって鎮圧されるという物語です。
「菅原道真公」黒瀧神楽団(安芸高田市)
左遷された菅原道真は誠心を伝えるために、雷神の折雷(さくいかずち)と上京して、藤原時平、忠平、正平に会います。和歌で道真に及ばない時平は、藤原一族の力をあわせ、道真と折雷に戦いを挑みますが、打ち滅ぼされてしまいます。
「鍾馗(しょうき)」津浪神楽団(安芸太田町)
素戔嗚尊(すさのおのみこと)の化身である鍾馗大神が、民の命を奪おうとする異国の疫病の悪鬼を退治する物語。左手に持つ茅の輪で鬼神を捉え、右手の剣で征伐するという意味があります。
団長の末田健治さんによると、この演目は2人だけで舞うため、プレッシャーがかかる舞いとのこと。普段から本番を意識して練習されているそうで、コロナ禍でも週2回の練習は維持されてきました。神楽の魅力については「体にしみこんできたモノ。神楽の季節になると体がうずうずする」とDNAに神楽が刻まれていることを感じさせてくれました。
「葛城山」八千代神楽団(安芸高田市)
平安時代後期の武士、源頼光が重い病で弱っているところ、大和国葛城山に住む土蜘蛛の精魂が侍女の胡蝶に化け、毒を飲ませて襲いかかります。しかし頼光は伝家の宝刀・膝丸で一撃を浴びせます。その後、頼光から宝刀を授けられた卜部季武、坂田金時に征伐されるという物語です。
「悪狐伝 中編」上河内神楽団(安芸高田市)
室町時代の「殺生石」をもとにした物語。金毛九尾の狐が玉藻前(たまものまえ)として天皇の寵愛を受けますが、陰陽師・安倍清明安親に正体を見破られます。下野の国・那須野原に逃れた狐は、十念寺の和尚を食い殺すなど悪行の限りを尽くしたため、弓の名人三浦之介・上総之介に退治されます。
こちらの神楽は、おどけた和尚さんの姿が印象的。和尚さんの問いかけに、観客席からは子どもたちが大きな声で答えます。笑いが絶えない舞台となっていました。
「吾妻⼭」横田神楽団(安芸高田市)
陸奥探索へ向かう卜部六郎季武と家臣那須八郎宗近、妻・五月姫は、信夫山で山家を見つけ、疲れた妻を託します。そこの女主は妖鬼だったため、妻は捕まってしまいます。流れ星に不吉な予感を感じた季武が戻り、正体を現した妖鬼と戦い、妻を助け出します。妻を災難に遭わせたことを悔やみ、この山を吾妻山と名付けたという物語です。
途中には安芸高田市長の挨拶もあり、「神楽を愛する人がこんなにいるのだとうれしく誇りに思います。この伝統を絶やさぬよう、あらゆる手段を講じていく覚悟です」と話していました。
あたたかい人の交流が垣間見える観客席
本来は神社で舞う神楽。コロナ禍でなければ、観客からのかけ声や演者とのかけあいもあり、より「共に楽しむ」という雰囲気なのだそう。でも、今回のような拍手だけとなっても、演者のみなさんへ観客の気持ちは届きます。
休憩時間は、あちらこちらでお酒や食べ物片手に話し込む人たちの姿。子どもたちも手元のゲームに熱中したりと、地域のお祭り会場のような緩やかな雰囲気。しかし、神楽が始まるアナウンスが流れるとみなさん、そそくさと自分たちの陣地となる席へ。くつろぎの体制をとりながらも、神楽に集中。その様子は、まるで自宅で映画を楽しんでいるかのようです。
見せ場があるたびに会場に湧き上がる拍手。思わずもれる「おお」というどよめきや笑い声。演者だけでなく、観客席もともに公演という空間を作っていることが印象的でした。
中には小さな子どもたちが、神楽にあわせて踊っている姿も! お母さんにお話を聞いたところ、ご主人が神楽団に入っているとのことで、公演を見に行ったことをきっかけにお子さんたちが神楽にどハマり! 毎日YouTubeで神楽を見、朝晩毎日お家の中で子どもたちによる2公演が行われているのだそう。「迫力とカラフルさが、小さい子どもたちにも見やすいのだと思います」と話していました。
舞台裏ではピンと張り詰めた空気を漂わせながら、いざ舞台へと向かう集中と、終わって帰ってきた人たちのホッとしたような穏やかな空気が入り交じった独特の雰囲気に。
出演者のひとり、木原さんは「拍手も多く、お客さんもたくさん入って気分良くやれた」と話します。拍手によるお客さんとの掛け合いについても「盛り上がってよかった。早くかけ声も解禁になるといいですね」と話していました。
大盛況の中、公演は終了!
大盛況の中、公演は終了。帰路につく観客の皆さんの満ち足りた表情も印象的でした。最後に広島県安芸高田市 産業部 商工観光課 課長の松田祐生さんに、今回のイベントを振り返って頂きました。
「直前まで急遽プログラムの入れ替わりや出演辞退などがありましたが、無事公演を終えることができました。神楽団、裏方、観客の皆様に支えて頂いて、良い時間を共有することができたと思います。今後は、まだコロナ禍がどうなっていくかわからないですが、もっと神楽を広めて、知ってもらいたいですね。大都市公演も視野に入れつつ、展開していきたいと思います」
例えば、落語では同じ演目でも噺家さんによって、見せ方が変わります。神楽も同じ。神楽団によって、そして演じる場所によって、同じ演目でも味付けが変わることが魅力と松田さんは話します。どれだけ見ても飽きることがなく、見れば見るほど、場の雰囲気も合わせてハマる沼のような快感を得ることができました。
今回の公演の様子はYouTubeでも配信されています。高い熱量の公演と観客の温かい拍手を、ぜひ画面越しに体験してみてください。