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鬼のミイラ?民家で鬼発見?宮城県村田町で鬼伝説の真相を探る

更新日:2021/8/18 いなむ
鬼のミイラ?民家で鬼発見?宮城県村田町で鬼伝説の真相を探る

宮城県村田町は鬼伝説で知られている。映画『鬼滅の刃』には鬼殺隊の村田さんというキャラクターが登場するようだが、この町では昔、本当に鬼殺隊のような組織の人物と鬼との決闘が行われていたという。

遡ること1ヵ月前、私は京都大江山の鬼の博物館にいた(その時の記事はこちら)。そこで、平安時代に酒呑童子という鬼の退治に加わっていた渡辺綱(わたなべ の つな)という武将が、別件で京都から宮城県村田町まで鬼を追いかけていったという話を聞いた。京都から宮城までとは、とても長い攻防が行われたものだ。

渡辺綱と鬼のその後が知りたくなったこともあり、先日村田町を訪れた。博物館に鬼のミイラが展示されていたり、鬼の人形が置かれた民家があったり、鬼の手形がついた石があったりと様々な鬼にまつわる場所があった。鬼と渡辺綱はその後が気になる。果たして渡辺綱は鬼を退治したのだろうか?

曇り空の中、村田町に向かう

村田町に向かうには、JR大河原駅もしくは仙台駅から出ているバスに乗車する。車を持っている方は便利にアクセスできるが、私の場合はそうもいかない。JR大河原駅からの数少ないバスに間に合わなかったので、2時間歩くことにした。幸い雨はほぼ降らなかったが、曇り空のおどろおどろしい雰囲気を感じながら、村田町にたどり着いた。

民家をのぞくと片腕を咥えた鬼が登場!?恐ろしい鬼退治の現場

村田町で訪れた場所としてまずご紹介したいのが、「姥ヶ懐民話の里 ふるさとおとぎ苑」。村田町役場から徒歩で約50分、車で約10分の場所にある。

姥ヶ懐には先ほどご紹介した渡辺綱が鬼を追いかけてきて取り逃がした話が伝わっており、おとぎ苑内の民家にて人形を使った再現が行われている。

その様子がこちら!鬼の形相が凄まじい。渡辺綱に京都で奪われた片腕を取り返し、囲炉裏の自在鉤を登り、屋根の煙出しから外に出ようとする鬼。その一方で、その鬼を逃げさせまいと追う渡辺綱。両者の緊張した攻防がありありと伝わってくる。結果的には、鬼は屋根の煙出しから逃げ出したということになっている。

<姥ヶ懐民話の里 ふるさとおとぎ苑の基本情報>

●住所
宮城県柴田郡村田町小泉肬石2

●アクセス方法
村田町役場から車で約10分

●開館時間
10:00~16:00

●休館日
毎週月曜, 祝日の場合は翌日(電話で要確認)

●入館料
無料

姥ヶ懐民話の里 ふるさとおとぎ苑のホームページはこちら

滑った石に手形!?手掛け石

次にご紹介するのが、「手掛け石」と呼ばれる石。おとぎ苑の道路挟んで反対側の道に入るとすぐにたどり着く。赤い鳥居の奥にひっそりと赤い柵に囲まれてある。

この手掛け石が出てくるのは、先ほどおとぎ苑の民家の話の続きである。鬼が屋根の煙出しから逃げ、川を渡ろうとした時に、滑って手をついてその時の手形が残っているとも言われている。ただ、これに関しては諸説あるため、真相は定かではない。

鬼のミイラを展示!村田町歴史みらい館を訪れる

最後にご紹介するのが、鬼のミイラが展示されているという村田町歴史みらい館。道の駅・村田に併設されており、村田町役場など町の中心からも徒歩約10分と比較的訪れやすい場所にある。

ここには地域の民俗資料が展示されており、縄文時代から現在に至るまでの村田町の変遷を知ることができる。その一角に鬼のミイラの展示もあった。発見されたのは村田町の商家の倉庫で、江戸時代のものとされている。

鬼のミイラの展示の様子はこちら!箱の中にミイラが入っており、その横にお賽銭箱が置かれている。腕2本と顔のみが残されており、歯形が人間のものに近く、とてもリアルに感じられた。ミイラはガラス越しに見られるようになっており、そのもの自体の撮影や掲載は難しいようだが、様子を少しでも拝見できてよかった。ちなみに、鬼のミイラと渡辺綱の鬼退治伝説との繋がりは不明のようだ。

<村田町歴史みらい館の基本情報>

●住所
宮城県柴田郡村田町大字村田字迫85

●アクセス方法
村田町役場から徒歩で約10分
東北自動車道 村田インターチェンジより車で1分

●開館時間
9~17時(展示室入室は16時30分まで)

●休館日
毎週月曜, 祝日の場合は翌日

●入館料
無料

村田歴史みらい館のホームページはこちら

渡辺綱の鬼退治の真相

村田町歴史みらい館の鬼のミイラの展示の脇に、渡辺綱と鬼の伝説に関しての詳しい解説があったので、その物語について改めてここで触れておきたい。以下、その解説の要約である。

*****

昔、京都の朱雀大路の南端にある羅生門に鬼がいて、人々を苦しめていたので、渡辺綱が鬼の腕を切ったが命からがら逃げた。その鬼を追ってたどり着いたのが、宮城県村田町の姥ヶ懐という場所。

鬼は渡辺綱が追ってきたことを知り、片腕を取り返したいと思い、渡辺綱のおばに化けることにした。おばに変身した鬼は渡辺綱に会い、「世間で評判になっている鬼の片腕を見せて欲しい」と頼む。断りきれず見せたところ、おばはたちまち鬼になって腕を取り返し、囲炉裏の自在鉤を登って屋根の煙出しから逃げてしまった。

地域の人々は鬼を取り逃がした渡辺綱の気持ちを思い、囲炉裏の自在鉤と煙出しをつけなくなった。

*****

以上が、地域に伝わる民話とのことである。実際に、おとぎ苑の人形の展示に通じる話だ。手掛け石や鬼のミイラに関しては、まだまだ詳しいことが解明されていないという実感を得た。鬼は渡辺綱から片腕を取り返して逃げたということは分かったが、その後どうなったのかは不明である。

村田町の鬼伝説は奥深い

ここまで見てきたように、村田町の鬼伝説は渡辺綱の話をはじめ、様々な伝わり方や解釈が存在しており、真相が定かでないものも多い。様々な事実から推測はできるものの、謎めいている。それが、鬼伝説の奥深さであり、魅力だろう。現代においては曖昧なものはこれだ!と決めつけてしまうことも少なくないが、一度しっかり吟味して考える必要がある。そこには様々な人の思いが関わっていることを忘れてはならない。村田町を訪れ、そのようなメッセージを頂いたようにも思えた。

いなむ
この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
獅子舞マニアです。ライターやカメラマンをしています。趣味は、獅子舞の鼻を撮影することです。その他クレイジーな祭りにも潜入します。

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