「悪い子はいねがー!」「泣く子はいねがー!」野太い声でそう叫びながら、家々を巡り子どもたちを恐怖に陥れる戦慄のナマハゲ。
秋田県の男鹿半島で広く行われている伝統行事ですが、地元の住民宅の中での行事ゆえ、その実体や来訪の意味を知る人は少ないのではないでしょうか。
この記事では、ナマハゲが実際には何をするのかや、そもそものナマハゲの正体、地元住民以外でもナマハゲ体験をする方法などについてご紹介します。
大晦日、ナマハゲ来たりて、何をする?
ナマハゲは年に1回、大晦日の夜にやってきます。地区ごとにナマハゲ面の色や表情は違っており、持ち物も微妙に異なりますが、大晦日の夜に家々を巡ることは共通です。
まず、「先立ち」と呼ばれるナマハゲの先導役が、ナマハゲの来訪を家主(親方様)に知らせにやって来ます。ナマハゲは何の前触れもなく突如現れるわけではないのです。
その後、二人組のナマハゲが家に上がってきて足を踏み鳴らし、「怠け者はいねがー!」などと声を荒げ暴れます。ひとしきり暴れたところで、家主は「まぁまぁナマハゲさん、どうぞこちらへ」と料理のお膳を出し、お酒を注いでナマハゲをもてなします。
ナマハゲはその年の収穫や高齢の家族の様子などを家主に問いながら「ナマハゲ台帳」なるものを取り出します。ナマハゲ台帳には、行いの悪い子どもや怠け者の嫁などについての報告が記されているのです。
そして怠け者の子どもや家族がその場にいなければ探して面前に引き出し、なぜ悪さをするのか問いただします。答えられない子どもに、怒って詰め寄るナマハゲ。ここでたいていの子どもはナマハゲの迫力に負けギャン泣きしてしまいます。大人ですらナマハゲのドスのきいた声や威圧感には圧倒されてしまうので無理もありません。
実はナマハゲ台帳にはあらかじめ家主から聞き取ってあった、子どもや家族の怠け癖が書いてあります。「なぜナマハゲには何でもお見通しなのか?」と不思議がる子どもに、「いつだってお前のことをちゃんと見ているぞ」とナマハゲは語りかけ、親の言うことをよく聞いて、また1年間いい子で過ごすことを約束させるのです。
それと同時に、ナマハゲはただただ人びとを脅すために叫んでいるわけではありません。大きな声を出し足踏みをして、その家の悪霊を退散させようとしているのです。そして荒ぶるナマハゲをいさめて会話のテーブルに付かせることで、家主の「威厳」も示せるようになっています。
時代が移り変わり各戸が狭くなるなど住宅環境も変わったため、ナマハゲも家の奥まで上がらず玄関口でのやりとりだけで立ち去るなど、行事が簡略化されているふしもあるようです。
いずれにしろ、こうして怠け者への戒めを行った後、来たる一年の無病息災を祈願してナマハゲは立ち去り、集落を回って最終的に雪山へと帰っていきます。
ナマハゲは鬼?妖怪?その正体は…
いかめしい顔をしたナマハゲ、その正体は邪悪な鬼のようにも奇妙な妖怪のようにも思えます。しかしナマハゲの真の姿は、人々の幸福を祈る神様、あるいは神の使いとされています。
世界には、年に一度決まった時期に人間界を訪れる「来訪神(らいほうしん)」なる神様がおり、ナマハゲはその一種とされています。あのサンタクロースを来訪神の一つとする説もあります。日本を代表する来訪神が秋田のナマハゲで、悪霊退散や無病息災、豊作を祈ってくれます。
ナマハゲは場合によっては「風邪をひかず元気でいるんだぞ」などと優しい言葉もかけてくれるそうで、一度会うと見た目の怖さとのギャップに虜になってしまう人もいるのだとか。一方でナマハゲには、怠け者を戒める厳しい一面もあります。
北国である秋田では、一日中囲炉裏にあたってばかりの怠け者の手足には「ナモミ」と呼ばれる火ダコができると言われています。ナマハゲが出刃包丁を持っているのはこのナモミを剥ぐため。「怠け者のナモミを剥ぐ」がナマハゲの語源とされています。
男鹿の住民以外でも体験が可能な場所
ナマハゲは秋田県の男鹿半島に伝わる伝統行事です。本来は地元住民による、地元住民のための行事ですが、男鹿の住民以外でもナマハゲを体験することができます。
それらは厳密には観光用のなまはげとされ、書き方も平仮名で「なまはげ」と書いて区別されますが、体験できる場所をいくつかご紹介します。
◎毎年2月の「なまはげ柴灯祭り」
ナマハゲにゆかりのある、男鹿市北浦の真山(しんざん)神社。そこで毎年2月に開催されるのが「なまはげ柴灯(せど)祭り」です。会場の中心に柴灯火が焚かれ厳かな雰囲気のなか、山から松明を掲げたなまはげたちが下りてきます。
なまはげは神殿で大晦日のナマハゲ来訪の再現を行ったり、勇壮ななまはげ踊り、なまはげ太鼓といったパフォーマンスを披露して盛り上がりをみせます。そしてついに観客のなかへとなまはげが乱入し、祭りの盛り上がりはピークに。
最後に、柴灯火で焼かれた餅が来場者に振る舞われます。この餅やなまはげが落としていった「ケデ」と呼ばれる装束のワラにはご利益があるそうなので、ぜひ持ち帰りたいものですね。
◎「なまはげ館」と「男鹿真山伝承館」
男鹿市の真山地区にある「なまはげ館」では、観光客向けにナマハゲの習俗を紹介しています。ナマハゲにまつわる展示物や映画上映があり、ナマハゲへの理解が深まります。
またお隣の「男鹿真山伝承館」ではナマハゲ行事の実演が行われており、目の前でなまはげの襲来を体験することができます。
◎男鹿の温泉旅館やホテルなどの宿泊施設
男鹿温泉郷にあるホテル・旅館の一部ではなまはげの体験や関連イベントが行われています。大晦日の日に宿泊すると、実際の行事と同様になまはげが宿にやってきたり、冬の間の期間限定で「戒め問答体験」などと銘打ったイベントで体験が可能です。
戒め問答体験はホテルの予約時に、あらかじめ子どもたちに戒めてほしいことを伝えておくと、宿泊している部屋に突然、ナマハゲ台帳とともに突然なまはげが訪れるというもの。
日ごろ聞き分けのよくないお子さんも、本物のなまはげを前にしてこの時ばかりは言うことを聞くと誓ってくれるのではないでしょうか。大人のみの体験も可能なので、ぜひ秋田を訪れる際の宿の選択肢に入れてみてください。
まとめ
怖い反面、茶目っ気もあり、ユネスコ無形文化財にも登録されている秋田のナマハゲ。おそらく日本人の誰もが名前だけは聞いたことがあると思われるこの行事の、意外と知られていない実体についてご紹介しました。知ったうえで年末のナマハゲのニュースなどに触れてみると、おなじみだった大晦日の風物詩がより趣深いものになることでしょう。
また、かつてナマハゲ役は地元の独身の若者限定でしたが、男鹿地域でも少子高齢化と担い手不足にあえぐ現状は例外ではありません。既婚者はもちろん男鹿の外に出て行った人や、移住してきた人にお願いするケースも増えてきて、今後は地元の経験者がサポートしながら地元以外の方や外国人にも開放されていく流れがあるようです。
気になった方は、まずは毎年2月の「なまはげ柴灯祭り」や観光施設、宿やホテルなどで気軽に体験することから始めてみてはいかがでしょうか。