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獅子舞とも虎舞とも違う?女川の「獅子振り」とは?

2022/1/6
2024/3/8
獅子舞とも虎舞とも違う?女川の「獅子振り」とは?

みなさん、「獅子振り(ししふり)」とはなにか、ご存知でしょうか?
関東の獅子舞とも東北地方の虎舞(とらまい)とも一味違う、独自のスタイルが光る伝統芸能です。日本に獅子舞は数あれど、獅子振りという名称で呼ばれているのは石巻や女川といった一部地域に限ります。

なぜこのような名前で呼ばれているのか?そしてどのような特徴があるのか?本記事では、女川町鷲神熊野神社の氏子総代を務めている岡裕彦さん、そして同神社の獅子振り団体で広報を務める渡辺さんによる解説をもとに、獅子振りの謎を解き明かしていきます!

そもそも女川の獅子振りとは?

三陸のリアス式海岸に面し、サンマをはじめとした漁業や養殖が盛んなことで有名な宮城県女川町。この地で毎年正月の三が日を中心に悪魔や悪霊を祓い、家内安全や大漁祈願を願うために行われているのが獅子振りです。

元々同県の沿岸部は「獅子舞王国」と称される富山県に負けず劣らず多種多様な獅子舞が伝承されています。女川町もその例に漏れず、町内各地の神社を基点に人々によって守り継がれてきました。

さて、獅子振りには他の獅子舞に見られない、3つの大きな特徴があります。

まず一つ目は、その名称。少なくとも筆者が知っている中では、女川町とその西に隣接している石巻市でしか使われません。

二つ目は、「虎舞」が獅子振りの演舞として存在すること。実際に東北地方には虎模様の胴幕に入って踊る伝統芸能として虎舞が複数存在しており、その演舞の動きが獅子振りにも取り入れられているのです。具体的には、獅子頭を持った人をもう一人の演者が肩車し、獅子が高くそびえ立ったように見せます。

イベントや場合によっては、口で垂れ幕をくわえることができるのも虎舞の魅力といえるでしょう。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

そして三つ目は、獅子振りの地理的特異性。そもそも、獅子舞はその性質によって以下の2種類に分類されます。

・風流(ふりゅう)系獅子舞→主に関東や東北地方に分布し、一人で一頭の獅子を演じる。

・伎楽(神楽)系獅子舞→主に北陸・中部以西に分布し、獅子頭を持つ一人を含め複数人で一頭の獅子を演じる*1

例としては、岩手・宮城で鹿のつのを用いた頭部を被って踊る「鹿踊(ししおどり)」が風流系、大勢が獅子の胴体に入って演じる富山の「百足(むかで)獅子」が伎楽(神楽)系に挙げられます。

鹿踊のひとつである、金津流石関獅子躍。(C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

では、獅子振りはどちらに分類されるのでしょうか?
まず、獅子振りは基本的に2人が入って演じるスタイルです。また、それぞれの獅子頭には御神が宿っており、演じていない時には長持と呼ばれる木箱の上に頭が鎮座しているのを公演時に見かけることができます。これらはすべて伎楽(神楽)系に見られる特徴であることから、後者であると結論づけるのが自然です*2。
分布に関する記述と合致しないことに関しては、江戸時代に伊勢信仰が全国的に広まる過程で東北地方にも太神楽(ひいては獅子舞)が流布・定着したことから納得がいきます*3。

しかし、この考察には複数の問題点があるのも確かです。
まず、東北地方にあるおよそ600団体の太神楽のうち、宮城県には僅か4団体しかないなど、太神楽の影響が希薄であることが挙げられます。また、後述しますが、獅子振りが風流獅子踊りに分類される鹿踊(獅子頭)や虎舞(演舞)から影響を受けていること、そして神楽系獅子舞とは対照的に獅子頭が黒色である比率が高いことの説明がつきません。

さらに隣の石巻市の一部地域では「ししふり」に「獅子風流」の文字が当てられているなど、時代の変遷とともに芸能・風流化したことが現地の文化財調査報告書でも指摘されています*5。
こうしてみると、獅子振りはどれだけ独特な存在であるか、お分かり頂けたのではないでしょうか。

獅子振り合同披露会の際に撮影された集合写真。獅子頭の色や耳の形など、それぞれの地区ごとに特徴があるのが伺えます。 写真提供:女川港大漁獅子舞まむし獅子振り合同披露会の際に撮影された集合写真。獅子頭の色や耳の形など、それぞれの地区ごとに特徴があるのが確認できます。中には、赤と黒色の2頭が1組として舞うパターンもあるそうです。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

次は、女川の獅子振りはどのように伝承されているのか、そして各地区でどのような違いがあるのか、見ていきましょう!

*1 平島 朱美「日本のコミュニティにおける獅子舞伝承の今日的意義」2016: 100
*2 久保田 裕道「東京シシマイコレクションの世界(1)
*3 笠原 信男「春祈祷と神楽(太神楽)」2019: 4
*4 いわての文化情報大事典「虎舞
*5 石巻市教育委員会「石巻市 文化財だより 第21号」1992: 5(クリックするとファイルがダウンロードされます)

女川だけでも20団体以上!熊野神社の獅子頭は「鹿」!?

まず獅子振りの保存伝承方法ですが、100年以上前から各エリアに存在する行政区や実業団が担ってきました。しかし、近年では担い手不足から保存会へと変化することで伝統の命脈を繋ごうとするケースも散見されます。

女川でも震災前には20以上の獅子振り団体が存在しており、各コミュニティを象徴する伝統芸能として地元の人々に親しまれてきました。他にも、パフォーマンス集団を名乗る「女川港大漁獅子舞まむし」や女川の商店街の人々が立ち上げた「相喜会」のように、既存の様式にとらわれないグループも存在します。

女川港大漁獅子舞まむしによるパフォーマンスの様子。金色で他よりもゴツゴツとした獅子頭が特徴的です。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

「まむし」のリーダーでもある岡さんによると、各地区ごとに獅子頭の形や色が異なるのだそうです。特に熊野神社の獅子頭は「鹿獅子」と呼ばれ、耳は鹿のツノのように上に伸びているのが特徴的。また獅子には性別があり、メスの場合はお正月以外に出してはいけないきまりになっているそうです。他にも、演舞における獅子の動きや口上などの細部に違いがあります。

熊野神社で祀られている「鹿獅子」。段ボールで出来た獅子頭は、震災後に流された代用として子供達が作ったそうです。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

次は、お正月における獅子振りの演舞内容についてご紹介していきます!

見つめるのは主人だけ?正月の風物詩「春祈祷」を解説!

春祈祷を一言でまとめると、正月に今年も一年健康に過ごせるようにと各家を訪問する行事です。大まかな流れに関してですが、平成27年度の「復活!獅子振り披露会」で配られていたパンフレットに詳しく記されています。

獅子振りは、だんぶち唄という祝い唄から始まり、「どばやし」が流れるなか獅子は、家の座敷から入り「四方固め」の舞から始まります。この「四方固め」は、座敷の四隅に住む悪霊・悪魔を獅子が見つけて、かぶりつくものです。次にその家の当主の頭をかぶりつきます。頭をかぶりつかれると、丈夫になると言われ無病息災を祈願するのです。

その後、一度獅子は眠りに入り、速いテンポのリズムによって「虎舞」に移行していきます。そして、最後に、かぶりついた悪霊を外に吐き出し、舞は終わります。

それぞれの説明ですが、まず一番最初におだんぶつにん(神様の道具を持っている人、転じてお囃子を務める人々)の一人が、来訪を告げる口上を述べます。熊野神社の歌詞は、

「やーれやれやれやー 母様(がかさま)やー 父様(とっつぁま)やー
東(あき)のほうから 千八百五十人ばり
おだんぶつが よーいど ほいど 春祈祷に参りましたーっ。」

になります。

「東」は地区によっては「明」や「暁」(いずれも「あき」と読む)とも記され、恵方の方角から七福神が訪れてきたことを表現しているとのこと*6。

2015年に仮設住宅で行われた春祈祷の様子。お囃子は笛と太鼓で構成されています。 写真提供:女川港大漁獅子舞まむし2015年に仮設住宅で行われた春祈祷の様子。渡辺氏によると、お囃子は大中小の太鼓、横笛、そして鐘(チン)で構成されるのが一般的だそうです。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

次に祝い唄ですが、とにかく家や家主を褒めたたえます!例を挙げると、
・門松の根本はプラチナで、中には黄金が詰まっている
・奥様は昔女に例えると小野小町だろう
・旦那さんは黄金をたくさん持っている
などと称賛の言葉を流れるように並べます。

それに続くのが四方固め。ここで初めて獅子が目覚めるわけですが、この地域の家は舞いやすいように、縁側を広めにとり、天井も高く設計されています*7。 ちなみに上記の「四隅」は神棚や居間、台所、そしてトイレといった家の主要箇所を指すとのこと。また古い家の台所には、怖いお面の形をした釜神様が高いところに飾られており、その場合は虎舞を披露することで近くの悪霊をたべるそうです。

神棚の近くで舞う獅子。 写真提供:女川港大漁獅子舞まむし神棚の近くで舞う獅子。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

その後はご主人を始めとした住人の頭をかぶりつくわけですが、肩や腰といった他の部位を噛むこともあります。

2015年の春祈祷の様子。 写真提供:女川港大漁獅子舞まむし2015年の春祈祷の様子。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

家中の厄や悪霊などを祓った後、春祈祷はクライマックスを迎えます。熊野神社では「ハラハラの舞い」と称される最後の激しい舞ですが、獅子は基本的にご主人の顔を見つめているそう。その狙いは、ご主人が持っている「ご祝儀の袋」。何度もあげることで幸福になると伝えられているのだと、岡氏は説明します。

2015年の春祈祷の様子。獅子の口にお金を入れている貴重なシーンだと、撮影者である渡辺さんは語ります。 2015年に仮設住宅で行われた春祈祷の様子。お囃子は笛と太鼓で構成されています。 写真提供:女川港大漁獅子舞まむし2015年の春祈祷の様子。獅子の口にお金を入れている貴重なシーンだと、撮影者である渡辺さんは語ります。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

そして、一連の儀式を終えると、獅子はご主人を見つめつつ、家を出ます。最後に外で「パクッ パクッ パクッ」と口を開けることで邪気を祓い、次の家へ向かうそうです。
岡さんによると昔は一軒それぞれ30分から40分もかけて行っていたそうで、早朝から夜まで家々を回っていたとのこと。しかし仮設住宅には神棚がなく、そもそも部屋も狭いことから、震災後の舞いは大幅に短縮されてしまったと渡辺さんは語ります。いずれにしても、春祈祷から地元独自の風習を垣間見ることができたのではないでしょうか。

*6 笠原 信男「春祈祷と神楽(太神楽)」2019: 5
*7 UR都市機構「UR PRESS vol.29」 2012:16

もう一つの晴れ舞台「例大祭」とは?

もちろん、獅子を見かけるのは正月だけではありません!獅子振りにとって春祈祷に次ぐ大きな行事なのは、5月に各神社で行われる例大祭。町内各地で御神輿が担がれるだけでなく、獅子振りの演舞が行われます。

熊野神社例大祭での御神輿。震災後は存続が危ぶまれましたが、現在では例年100人以上のボランティアが町外から参加し、むしろより賑やかになったそうです。 写真提供:女川港大老獅子舞まむし熊野神社例大祭での御神輿。震災後は存続が危ぶまれましたが、現在では例年150人以上のボランティアが町外から参加し、むしろより賑やかになったそうです。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

岡さんによると、例大祭の獅子振りはあくまでも神事ではなく「パフォーマンス」だそうですが、それでもお祭りを盛り上げるのに一役買っているそうです。

2018年の熊野神社例大祭の獅子振り。 写真提供:女川港大漁獅子舞まむし2018年の熊野神社例大祭の獅子振り。 (C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

また、2013年8月以降は、震災復興の象徴として獅子振り披露会が開催され、現在でも町内各地の獅子が集う一大イベントとして続けられています。
その他にも、震災前まで8月に開催されていた「おながわみなと祭り」では、獅子を船上でふる「海上獅子舞」を楽しむことができました。コロナ禍によって「おながわみなと祭り」の復活は未だ叶いませんが、2022年にはその勇壮な姿を目に焼き付けることができるかもしれません。。。!

おわりに

いかがでしたか?今回は一部にしか触れませんでしたが、獅子振りの面白さを少しでもお伝えすることができたのであれば幸いです。

本記事では少子高齢化の影響とパフォーマンス集団である「女川港海上獅子舞まむし」の役割、そして震災の被害とその後の復活など、まだまだ書ききれていないことがたくさんあります。ぜひ女川を訪れた際は、海の幸に舌鼓を打ちつつ、獅子振りの魅力に触れてみてください!

TOP写真:(C)2022 女川港大漁獅子舞まむし

*本記事を執筆するにあたり、岡様と渡辺様にご協力頂きましたこと、この場を借りて感謝申し上げます。
*写真はすべて熊野神社・女川港大漁獅子舞まむしまたは渡辺様に帰属します。

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