「秘湯」に明確な定義はありませんが、一般的には山奥などの人里離れた場所にひっそりと存在する温泉を指します。交通の便はよくはありませんが、温泉や旅館を旅の目的にしたスロートリップです。そんな環境だからこそ非日常を満喫でき、日頃の疲れを落とすことができます。しかし、興味はあっても「温泉だけのために…」、「退屈するのではないだろうか…」と実際に行動するには敷居が高いのも確かです。今回はそんな方のために、秘湯を楽しみつつ周辺観光にも富んだイベントを紹介します!
目次
—60日間限定!湖上に出現する幻の村〜しかりべつ湖コタン〜
心惹かれませんか?場所は北海道にある然別湖(しかりべつこ)です。ご存知の通り北海道の冬は厳しく、多くの秘湯は冬期は閉鎖しています。しかし、大変めずらしいことにここには「冬しか」入ることができない温泉があります。それはなぜか?
然別湖は標高810mの北海道一高いところにある湖です。冬季の寒さは厳しく、湖は全面凍結します。そんな厳しい寒さを楽しもうと1980年に始まったのが、「しかりべつ湖コタン」というイベントです。コタンはアイヌの言葉で村を意味します。その名の通り、凍った湖上にはイグルーと呼ばれる氷の建物が作られ、そこでは温泉やバー、はたまた宿泊までも楽しむことができます。静寂の真っ白な世界に出現する幻の村、それが「しかりべつ湖コタン」です。氷が溶けるまでの約60日間しか味わえない、まさにプレミアムな体験ができます。
—広大な北海道の大地を走る
2月下旬、東京の羽田空港から一路、北海道のとかち帯広空港を目指しました。暖冬といわれるだけあって、平年より温かい東京にいたため寒さに対して楽観的になっていました。1時間半後、飛行機を降りた途端に、音のよく通る透明な空気に包まれ、同時に冷気が肌に刺し込んできました。「これが冬だなぁ」という甘い感慨に浸ることなく、「寒い!」の一言でした。帯広には積雪はなかったものの甘えた体は寒さと仲良くなることを拒み、飛び乗るようにレンタカーに乗り込みました。然別湖を目指し、車を走らせ、途中帯広名物の豚丼を、昭和9年創業「豚丼のぶたはげ 本店」というお店で食べました。北海道開拓時代に蒲焼きを模して作られた料理だそうで、山椒が効いていてとても美味しかったです。
さすがは北海道、牧草地や畑など見晴らしのいい風景が広がり、信号もほとんどなく、音楽を聞きながら優雅なドライブを洒落込みました。目的の然別湖は空港から約90分の距離にありますが、快適なドライブはあっという間でした。雪道走行を懸念していましたが、当然のことながらレンタカーはスタッドレスタイヤが標準装備され、積雪自体も少なく杞憂に終わりました。さすがに然別湖が近づくと積雪していましたが、除雪が行き届いており必要以上に心配することはありませんでした。
雪景色があたりを覆うに連れ、まだ見ぬ然別湖への期待は否が応でも高まります。見慣れない雪景色と音楽を楽しみながら進み、ナビが示す目的地を目指します。そして、トンネルを抜け開けた場所に出ました。然別湖です!
この日は降雪もあり、明瞭な視野は得られませんでしたが雪が舞う光景はかえって素敵でした。駐車し、タオルを持っていざ出発!東京からの遠路、ようやく念願の目的地に着きました!ここまでくくると寒さも心地よいくらいです。ちなみにこの日の気温は氷点下5℃でした。
—いざ、入湯!気になる湯加減は?
まずは入り口で記念撮影。
入ってすぐの氷でできたアイスバーに、体が吸い込まれそうになりましたが、ここは我慢。お風呂上がりの一杯を楽しみに、まずは旅の目的である氷上の温泉を目指します。
そしてすぐに温泉を発見!
逸る気持ちを抑え、足を滑らせないように一歩一歩雪を踏みしめ進みます。
温泉は露天と足湯があり、躊躇そして一念発起!露天へと進みました。
入り口で靴を脱ぎます。脱衣所にはマットが引いてありますが、凍っているため靴下が濡れてしまいます。靴下の替えは必ずもって行きましょう!
まだ見ぬ温泉への期待というより足元の冷たさに急かされ、一心不乱に服を脱ぎました。冷気が体幹をさらいます。脱衣所からお風呂までは、10秒程度ですが、地面に触れている足は冷たさを通り越し、痛いです。露天へつながる数段の階段をのぼると眼前に真っ白な世界が広がります。景色を楽しむのは束の間、-5℃の風が吹き抜け、身震いするまもなくお風呂に飛び込みました。
さて、お湯加減は?外の寒さとは正反対にとても温かく最高のお湯です。温泉は湖畔の「然別湖畔温泉ホテル 風水」からひいている源泉かけ流しの贅沢なものです。浴槽は一つですが、10人くらいは入れる広々としたものでした。体を芯から温めるには、体が芯から冷えていることが大切であることを初めて知りました。温まってくるにつれ、周囲の景色を楽しめるようになりました。一面の銀世界!氷結した湖上を風が音をたて吹き抜け、顔にあたります。濡れた後ろ髪はすっかり凍ってしまいました。試みに浴槽から立ってみましたが、モグラ叩きのモグラのように一瞬で湯船に戻りました。ただの露天風呂にあらず。
—温泉以外も充実!氷の世界を満喫する
20分ほどお湯を楽しみ、決死の覚悟で脱衣所に戻りました。体が直に空気に触れている間はもちろん寒いのですが、服を着てしまうと体はポカポカしていました。せっかくなので隣接する足湯にも入りました。
体をしっかりと温めた後は、会場内を散策しました。会場内には教会(実際に挙式できる)や、氷でできたかまくらのようなもの(イグルー)、コンサートホールがありました。
また、然別湖の自然についての展示コーナーがありました。
イグルーの一部は泊まることができます。こんな寒いところに泊まれるのかとも思いましたが、中に入ってみると意外と温かく快適でした。一晩なら泊まれる、、、かも(寒さのため途中で宿泊を断念しても湖畔のホテルに泊まることができます)。
そして最後に、気になっていたアイスバーに行きました。ここは一際大きな作りになっており、一歩足を踏み入れるとほんのりと温かく、外の吹雪の世界とは違い安心感のある居心地の良い場所でした。
早速、氷のグラスでコアップガラナ(北海道で有名な清涼飲料水)を飲みました。
バーの中には王様気分の味わえる氷の椅子もあります。
幻想的な世界に心を奪われ、気がついたときには2時間ほど経っていました。 コタンは暗くなっても開いており、夜は満点の星空に包まれ、明るい時とは異なった表情を見せてくれるそうです。温泉だけではない、ここでしか楽しめないアクティビティを満喫し、別れを惜しみつつコタンを後にしました。
—周囲にも温泉がいっぱい!
本日のお宿は日本秘湯を守る会会員宿の一つである「芽登温泉ホテル」です。然別湖から車で走ること約2時間、林の中にぽつんとあります(然別湖から糠平湖に抜けるパールラインを通る方が早いですが、冬期は閉鎖されているため、士幌町まで戻り北上する必要があります。)。まさに秘湯というロケーションです。胸が躍る外観ではありませんが、館内はきれいで豊富な湯量により全館を温泉で温めているため中はすごく温かいです。そして何と言っても圧巻は温泉です。温泉と雪景色の対比に思わず息を飲みます。ここでも温泉を堪能し、食事に舌鼓をうち、夢見心地のままお布団に入り、その日はそのまま夢の世界に旅立ちました。
さて、旅の最終日。温泉に入れるだけ入ろうと、まずは幌加温泉元湯 鹿の谷に行きました。浴場は露天風呂が1つ、内湯が3つで、いずれも混浴です。
泉質は大変よく、多くのファンがいるのも納得です。名前の由来は鹿がよく出没することに由来するそうですが、残念ながら私が入ったときはいませんでした。以前は2軒あった湯宿も今はこの1軒しかなく、管理人さんも高齢のため今は地元の有志や湯治客の協力で切り盛りしているそうです。このような素敵な温泉は是非後世に残して欲しいです。
続いて「ぬかびら源泉郷の湯元館」に行きました。ぬかびら源泉郷は、昨年2019年に開湯100年を迎えた歴史ある温泉街です。その中でも開湯者の開いた湯元館は由緒ある温泉で、内湯と檜湯、露天の3つがあり、静寂の中お湯の流れる音だけが響く風流な温泉でした。
なお、幌加温泉から湯元館までの道中にタウシュベツ川橋梁という夏季には湖底に水没してしまう珍しい橋があります。死ぬまでにみたい絶景などにも選ばれている風光明媚な橋です。この写真は展望台から撮影したものですが、橋の側まで行けるツアーもあります。また、糠平湖ではワカサギ釣りを楽しむこともできます。ウインターアクティビティもたくさんあるので、温泉だけでは物足りない人は是非挑戦してみてください。
そろそろ楽しい旅もお別れの時間になってきました。夢のような時間を過ごした地に思いっきり後ろ髪を引っ張られながら、帯広空港を目指して出発しました。飛行機の時間まで少し余裕があったので、世界でもここでしか見られないばんえい競馬をみて帰路につきました。
振り返れば、あっという間でしたが密度の濃い時間が過ごせました。冬期は閉鎖されている秘湯はまだまだたくさんあり、今度は夏季に行きたいと思います。
—気になる服装は?
冬場の平均気温は氷点下6℃位ですので、しっかりと防寒をする必要があります。スキーウエアを着込んでいる人もいましたが、私はユニクロの極暖ヒートテックで身を固め、普段着用の厚手のコートで行きました。それより大事なのは足元で、今回行ったところは積雪している場所もあり、雪用の丈の高い防水の靴を履いて行った方がいいです。せっかくの旅行が濡れて寒い思いをしてはもったいないのでしっかりと準備をしましょう!
※新型コロナウイルス禍により2020年2月29日から3月8日まで「しかりべつ湖コタン」は閉鎖され、イベントなどの多くが中止となっています。開催情報については適宜公式ホームページでご確認ください。
●公式ホームページ:https://kotan.jp/