水止舞という、東京都大田区大森東の厳正寺に伝わる民俗芸能をご存知だろうか?水止と書いて、「みずどめ」あるいは「すいし」と読む。その名の通り、水をコントロールするような意味が込められている。この民俗芸能には龍と獅子が登場し、龍が雨を降らせ、獅子が雨を止めるという役割を担う。日本全国の獅子舞を取材している私は、雨乞いの獅子舞ならよく見るが、雨を止める獅子舞というのは中々見たことがない。この一見矛盾するようなユニークな民俗芸能の魅力に迫る。
大田区立郷土博物館に訪問!
水止舞の展示が見られる大田区立郷土博物館は、都営地下鉄浅草線・西馬込駅から徒歩7分の場所にある。水止舞のお祭り自体は毎年、7月第2又は第3日曜日に開催されるが、今年は新型コロナウイルスの影響で中止になってしまった。お祭り気分でも味わいたいと思い、常設展で水止舞が見られるこの博物館を訪れたのだ。展示がなんと無料で見られるというのも魅力である。
水止舞の迫力ある展示!
受付を通って2階へ!様々な展示の中でもひときわ目立つのが、この水止舞の展示だ。中(若)獅子・雄獅子・雌獅子の三匹獅子舞は太鼓を叩き勇ましい姿である。左右を飾るのが、赤い花籠と藁の龍だ。中央には、龍が吹く法螺貝も飾られている。衣装がずらりと並んで楽しげだ。
こちらはお祭りで獅子と対になる存在である藁の龍だ。一見ちくわのような形をしているが、この穴の中に白装束の男(「大貝」という役割)が入って法螺貝を吹く。そして、周囲の人たちはザブザブと水を掛ける。想像するだけでも楽しめるかなりの奇祭である。
水止舞って何?その由来は?
それでは、なぜこのような奇祭が誕生したのか、歴史を振り返ってみよう。由来は永享元(1429)年の夏(※)、雨が降らない日が続いた時、厳正寺の法密上人が稲荷の像を彫刻し、藁で龍頭を作ったことに始まる。たちまち大雨が降り止まなくなった。それも困るというので、2年後に獅子の仮面を作って地域の人を集め舞わせたところ、雨が止み雲が晴れてきた。農民にとって雨は、降りすぎても困るし降らなすぎても困るということで、龍と獅子頭がそれぞれ雨乞いと水止めの機能を分担することになったのだ。この故事にならって、水止舞が始まったという。
※元享元(1321)年という説もある。
「水」は暮らしに欠かせないもの
館内には水止舞のほかにも、様々な魅力的な展示がある。大田区始め多摩川沿岸地域には、川に関わる生業の歴史があるのだ。人々は投網や地引き網などでアユ・コイ・マルタ・白魚・ウナギなどを獲ってきた。また、多摩川から稲作に使う水を得るため用水路を作り、網目状に張り巡らせてきたのだ。
また、非常に興味深かったのは、この巨大なトンビの展示。これは「六郷とんび凧」と呼ばれ、江戸時代終わり頃に作られ始めた凧の一種である。多摩川の下流で獲れた魚を河原で干していたところ、カラスによく狙われた。そこで、とんび凧を作って見せたところ、カラスが驚いて逃げ回った。それ以来、この凧が盛んに作られるようになったそうだ。人間をはるかに超える大きさなので、人間が見てもびっくりする迫力のある展示である。
祭りの由来を気軽に学ぶ
このように、大田区には多摩川を中心とした水の恵みを享受し、暮らしてきた歴史がある。生活の歴史を踏まえた上で、水止舞について考えてみると、水をコントロールしたいという人々の願いが祈りとなって民俗芸能に発展した由来も頷ける。昨今は水止舞をはじめ、なかなかお祭りが見られず、出歩けない日が続いている。しかし、無料の常設展が行われ気軽に訪れられる大田区立郷土博物館で、祭りの根底にある考え方に想いを馳せてみてはいかがだろうか。祭りが見られる時期になったら、その祭りをより深く楽しめることにも繋がるかもしれない。
<大田区立郷土博物館の基本情報>
住所:〒143-0025 東京都大田区南馬込五丁目11番13号
アクセス方法:都営地下鉄浅草線・西馬込駅から徒歩7分
開館時間:9:00~17:00
休館日:月曜日(祝日は開館)、年末年始、その他に臨時休館あり。
入館料:無料
参考文献
大田区『大田区史(資料編)民俗』(1983年)
大田区教育委員会「大田区の祭り・行事、民俗芸能調査報告集録」『大田区の文化財』第41集(2016年)