2022年11月30日、盆踊りや念仏踊りといった日本の民俗芸能「風流踊(ふりゅうおどり)」の、ユネスコ無形文化遺産への登録が決まりました。
登録対象となる全国41件の「風流踊」のうちの一つが、愛知県豊田市(旧東加茂郡足助町)の綾渡町で継承される「綾渡(あやど)の夜念仏(よねんぶつ)と盆踊(ぼんおどり)」です。
近年は毎年8月10日、15日に開催される「綾渡の夜念仏と盆踊」。この記事では、2019年に現地を訪れた際のレポートをお届けします。
かつては新仏のある家々を念仏を唱えながら巡った行事
このお祭りに参加した知人から「面白い盆踊りがある」と教えてもらってことで興味を持ち、盆踊り好きの仲間を引き連れて、2019年8月10日に同地を訪れました。
盆踊り会場に向かう前に、まずは腹ごしらえ。岡崎にある名古屋鉄道名古屋本線「宇頭駅」近くのスーパー「ダイワ」で、デカ盛りフルーツサンドを食います。
フルーツサンドでお腹を満たした後は車を走らせ、会場を目指して、岡崎からグングンと山の中に分け入っていきます。
伊那街道の中継地点として栄えた綾渡町足助(あすけ)は、美しい商家の街並みが特徴で、重要伝統的建築物群保存地区にも指定されています。
また、紅葉の名所としても知られている町で、矢作川支流巴川がつくる渓谷「香嵐渓」では、毎年秋に「香嵐渓もみじまつり」を開催。
香嵐渓のもみじは今から400年前、香積寺11世の三栄和尚が経を唱えながら植えたのが始まりで、長い間“香積寺のもみじ”と呼ばれていたそうです。
足助の町から、会場となる綾渡町深田の平勝寺を目指して、さらに山の奥へ奥へと進んでいきます。
ほどなくして、路上駐車する大量の車に遭遇。「綾渡の夜念仏と盆踊」を見るために、かなり多くの見物客がやってきているようです。
車を停め、ゾロゾロとお寺に向かって歩く人についていくと、知らないおじちゃんから声をかけられました。おじちゃん曰く「ここは、山道のどん詰まりなんだよ。だから古い文化がそのまま留まって残っているんだよ」だそうです。
会場のお寺で待っていると、田畑に囲まれた参道から何やら集団がこちらに連なって行進してきます。見物人たちの熱い視線とカメラのレンズが一斉に、集団へと注がれます。
夜念仏は、かつては旧足助町から稲武を経て、岐阜県の旧上矢作町にかけて広く行われていた盆行事です。若衆たちが新仏のある家々を回り、霊を慰めるために回向(えこう)を手向けた後、手踊り(盆踊り)を踊りました。
綾渡では旧暦の7月1日から17日にかけて行われ、1日は『地獄の口開け』で練習開始日、10日は平勝寺の施餓鬼供養、13・14日は新仏のある家を回り、15日は他村へ、17日は平勝寺の観音供養となります。現在では継承者不足などの問題から行程が省かれ、8月10日と15日の2回、平勝寺境内で行事が行われるのみです。
参道を歩いてきた集団は、「道音頭」を唱えながら山門手前の石仏の前まで来ると、まず「辻回向」というお経を唱えます。
続いて山門前で「門開き」、観音堂前で「観音前回向」、氏神神明宮前で「神回向」、最後は平勝寺本堂前で「仏回向」を唱和します。鉦の音と念仏が闇夜の中に響き渡ると、辺りはなんともいえない神聖な雰囲気に包まれます。
全10曲の味わい深い歌と踊りが繰り広げられる盆踊りタイム
夜念仏が終わると、今度は誰もが参加できる盆踊りの時間となります。
先ほどと打って変わってなんとも賑やかな雰囲気! 保存会の人たちの素朴な歌に合わせて、これまた素朴な振り付けの踊りが輪になって演じられます。かくいう自分も、輪の中に飛び込んで、見様見真似で踊ってみます。
踊られた曲は、「越後甚句」「御嶽扇子踊り」「高い山」「娘づくし」「東京踊り」「ヨサコイ節」「十六踊り」「御嶽手踊り」「笠おどり」「甚句踊り」などなど。
いくつかの曲は、長野県下伊那郡阿南町新野の「新野の盆踊り」と共通するところもあり、新盆の家々を巡るという形式を含めて、天竜川流域からこの辺りまではの風流踊りは、同じ文化圏に属するのではないかと思われます。
輪踊りの時間はわずか一時間ばかりでしたが、踊り方も歌詞も個性的な10種類もの盆踊りを踊れたので大満足でした。
三味線や太鼓などの入らない、歌だけで踊るという素朴さも、ご先祖さまのことに思いを馳せる雰囲気としてはピッタリのように感じました。
祖霊たちと繋がるための特別な時間と空間
風流踊とは、「華やかな、人目を惹く、という「風流」の精神を体現し、衣裳や持ちものに趣向をこらして、歌や笛、太鼓、鉦(かね)などに合わせて踊る民俗芸能」であるとともに、「除災や死者供養、豊作祈願、雨乞いなど、安寧な暮らしを願う人々の祈りが込められている」踊りであるとされています(文化庁 「風流踊(ふりゅうおどり)」提案概要より)。
「綾渡の夜念仏と盆踊」は、華やかさという雰囲気とはまた違うものかもしれませんが、菅笠を被った人々が念仏を唱えながら練り歩く姿の幻想性、その後の盆踊りの、先祖を囲んで語らいながら踊るようなほのぼのとした雰囲気には、亡き人を思う、先祖供養の精神を確かに感じることができました。自分が生と死の間(はざま)にいるかのような、不思議な気持ちにさせられる時間です。
興味を持った方は、ぜひ一度足を運んでみてください。
【日程】
例年8月10日、 8月15日
【場所】
平勝寺境内(愛知県豊田市綾渡町奥12)
【アクセス】
公共交通:名鉄三河線「豊田市」駅より、名鉄豊田線(地下鉄伏見・上小田井方面)に乗換、「浄水」駅下車。コミュニティバス さなげ・足助線(百年草方面)に乗換え、「百年草」下車。徒歩約76分
車:猿投グリーンロード「力石IC」より約40分
※参考記事
「足助町並み散策ナビ」(豊田市足助観光協会)
「綾渡夜念仏と盆踊」(JTCO日本伝統文化振興機構)
「愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財」(文化財ナビ愛知)
「回向(えこう)とは?」(ことば辞典)
「 風流踊(ふりゅうおどり)提案概要」(文化庁)