新潟県の雪深い土地に伝わる、不思議であたたかい昔話を現代の子どもたちにも届けたい──そんな想いから誕生した絵本『くま ひとをたすける』。原話は江戸時代のベストセラー『北越雪譜』から。とある老人と熊の厚情を当時の民俗に忠実かつユーモラスに描いたこの1冊は、読む人の心をやさしくしてくれます。本を手がけた山崎敬子さん(文)、スズキテツコさん(絵)さんに制作の背景を伺いました。
――元になった『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』とはどんな本ですか?
山崎:江戸時代、新潟の豪雪地帯・塩沢に暮らしていた商人・鈴木牧之が、自分の故郷の雪や暮らし、風習などをまとめた記録文学です。「江戸の人たちは雪を知らなすぎる」という問題意識から始まって、自然の厳しさだけでなく、暮らしの工夫、民間療法、動物の話まで本当に幅広い内容が収められています。1837(天保8)年に出版されて江戸で話題になったそうです。出版までに40年もかけたという牧之の〝情熱〟にも感動します。
――絵本の題材となったのは、そんな『北越雪譜』の中の一編ですね。
スズキ:はい、「熊人を助」=クマが人を助けるという、ちょっと信じられないようなエピソードです。遭難した男性がクマの巣でひと月以上を過ごし、命をつないだという話で、もともと短くまとまっていて、起承転結もある。そして『北越雪譜』のクマの出てくる話の中では珍しくハッピーエンドなんです。絵本にするにはぴったりだなと。
――今回、どうやって絵本づくりが始まったのですか?
スズキ:元々私が『北越雪譜』が大好きで、それを題材に4コマ漫画を描いているのですが、過日、ぜひ見ていただきたくて鈴木牧之記念館にその4コマ(紙面)を送ったのがきっかけです。ありがたいことに関心を持っていただき、「館の35周年記念として『北越雪譜』を地域の子供に伝える絵本を企画するのですが、一緒に作りませんか」と言ってくださって。
――制作の上で苦労はありましたか。
スズキ:原典には一部挿絵もあるんですが、背景なども詳しく描かれていないので、わからないところだらけなんです。なるべく原典に忠実にしたいという思いがあったので、実際に新潟へ何度も行って現地の冬を体験したり、熊の手のディティールを調べるために動物園のクマを何時間も見続けたり。話の舞台となった谷の滝壺は、ジオラマを作って確認しながら構図を決めました。当時の道具や着物など民俗については、記念館の学芸員さんから大変丁寧にアドバイスをいただきました。
クマの手を観察。手のひらをなかなか見せてくれなかったそうだ。
作中で主人公が落ちる谷をジオラマで再現。
山崎:鈴木牧之記念館の学芸員さんと〝三人四脚〟でしたね。言葉の使い方、表現、方言、レイアウト……何度も相談して、手を入れていきました。読み手が混乱しないように、でも地域性はきちんと伝わるように、粘り強くやり取りを重ねた時間はとても貴重でした。
スズキ:擬音の言い回しから色味の調整まで、本当に細かくチェックしていただきました。通常の編集作業とはまた違う、文化資料を作るような感覚でしたね。他にも、地元の方から「雪山で転んだ時は、転がるんじゃなくて滑り落ちるんだよ」と教えていただき、ぐるぐる落ちるんじゃなくて滑っていく様子に描き変えたり。そうした細かな描写の積み重ねで、牧之がこだわっていた「雪国のリアル」に説得力が出てきたと思います。また、私たちらしさとして、効果線や斜め構図など漫画的な表現を使って、今の子どもたちにより面白く、分かりやすくすることも心がけました。
――文字がシーンに合わせて大きくなっているのも面白いですね。
山崎:最近の絵本は文字が少ない傾向ですが、私たちは読み聞かせを想定してあえて文字数を多めにしています。感情の強弱が伝わるように、文字サイズも工夫しました。小学校中学年ぐらいの子でも読めるように、漢字を減らしています。
――最後に、この絵本をどんな人に読んでもらいたいですか?
山崎:まずは地域の親子さんに楽しんでもらえたらうれしいです。そして、民俗学や新潟の歴史文化に関心のある方にも。この絵本をきっかけに『北越雪譜』に興味を持ってもらいたいですし、鈴木牧之を通じて、“文化を残す”ということにも思いを馳せてもらいたいですね。
スズキ:昨今、クマといえば里で人を襲うようなニュースが多いですね。もちろん、『北越雪譜』でも自然の厳しさは語られるわけですが、この「くま ひとをたすける」は、現在とは違った豊かな自然との関わりを想像してもらえる話だと思います。そんな世界を、子どもたちに思い描いてもらえるような絵本になっていたら嬉しいです。色鉛筆と手描きのあたたかさも、ぜひ味わってもらえたら。
――本日はありがとうございました。
※絵本『くま ひとをたすける』は、鈴木牧之記念館などで販売中。
お問い合せは025(782)9860
絵・スズキテツコ
東京在住のイラストレーター。大学時代に宝生流(能楽)を学ぶなど日本文化への関心を深める。代表作に『都道府県別 にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版)。山崎敬子と組んだ「マチダグミ」名義で『北越雪譜』4コマをSNSで連載中。
文・山崎敬子
埼玉在住。玉川大学などで日本民俗学論を担当する傍ら執筆活動に取り組み中。代表作に『都道府県別 にっぽんオニ図鑑』(じゃこめてい出版)。スズキテツコと「マチダグミ」名義で『北越雪譜』4コマ漫画に関わっている。