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<シリーズ>加藤優子のソーシャル・グッド対談  【第1回】社会をつなぐ経済の話

2025/6/17
2025/6/16
<シリーズ>加藤優子のソーシャル・グッド対談  【第1回】社会をつなぐ経済の話

①文化は遺伝子、祭りは未来――社会をつなぐ経済の話

ゲスト:新田信行さん(一般社団法人ちいきん会代表理事)
聞き手:加藤優子(株式会社オマツリジャパン代表)

オマツリジャパン創業者の加藤優子が、「ソーシャルグッド」をテーマに、多様な現場で活躍する方々と語り合う。第1回のゲストは、元第一勧業信用組合理事長であり、オマツリジャパン創業時からの支援者・新田信行さん。新刊『人と絆の金融』を起点に、「現場」「地方」「文化」「若者」への思いを率直に語っていただきました。対話から立ち上がる、“これからの社会のかたち”とは。

 

「現場がすべて」――人に根ざした金融の未来

加藤優子(以下、加藤):本日はお忙しい中ありがとうございます。まずはご新刊『人と絆の金融』(金融財政事情研究会、2025)を拝読しました。今回は物語形式で、人と人との関係や現場の感情にフォーカスされていて、読みながら何度も胸が熱くなりました。全体は3章構成で、第3章では「地域創生と社会的金融」がテーマになっています。読んでいて、これは“祭り”にも通じるものがあるなと感じました。金融機関だからこそ実現できる、人と地域を幸せにするお金の活かし方について、多くの示唆が詰まった一冊だと思います。

新田信行(以下、新田):ありがとうございます。今回はあえて物語形式にしたんです。というのも、やっぱり“現場”って大事だと思っていて。抽象論や理念は誰でも語れますけど、それが実際の現場でどう生きているのか、それを知っていなければ本質には迫れない。僕は銀行員として、支店の現場から本部、さらには業界団体、行政に近いところまで見てきました。そんな僕だからこそ書ける金融の「リアル」があると思ったんです。

加藤:まさに“新田さんにしか書けない”という一冊ですね。これだけのキャリアを経て、現場の感情に寄り添った文章が書ける方って本当にすごいなと思います。

新田:実際、銀行の世界って意外と誰も書かないんですよね。エライ人が書いた本もたくさんあるけれど、現場を知らずに「こうあるべきだ」なんてことばかり言っている。僕なんかが読むとね、「天の上から何か言っているけど、地べたは違うぞ」って思っちゃう(笑)。だからこそ、自分が歩んできたところの話を書きたかったんです。

加藤:それが“人と絆の金融”というタイトルにも表れていますよね。冷たくて合理的というイメージがつきがちな金融の世界に、「人」を中心に据える。それがすごく新鮮でした。

新田:うん。たとえば、「飲食業界はダメだ」とか言われても、寿司屋とラーメン屋を一緒に語れないですよね。金融も同じです。メガバンクも地銀も信金も信組も、全部違う。そこで働く人も違う。抽象的に「金融はこうあるべき」と語られても、なんか違うなって感じるわけです。

加藤:おっしゃる通りですね。私たちの関わる「お祭り」も、まったく同じように一括りにはできないです。

新田:そう。だからこそ現場なんです。現場には人がいて、会話があって、悩みがあって、喜びがある。それを書きたかった。それにね、僕は「人」が好きなんですよ。

加藤:それが本書全体に流れる空気でもありますね。新田さんの言葉って、経営者や金融関係者に限らず、広く響くと思います。

新田:そうだといいですね。難しい言葉はいらないんです。単純明快に「人のために動く」ってだけ。それが金融の本質だと思っているし、もっと言えば、どんな仕事でも大事なことじゃないかなと思っています。

 

「頼まれごとには応えたい」――現役引退後も全国を奔走

新田信行(にった・のぶゆき)1956年千葉県生まれ。1981年に第一勧業銀行(現・みずほ銀行)入行。みずほフィナンシャルグループ与信企画部長を経て、2011年にみずほ銀行常務執行役員。2013年から2020年まで第一勧業信用組合理事長、会長。現・開智国際大学客員教授、一般社団法人ちいきん会代表理事、認定NPO法人日本ファンドレイジング協会金融機関連携アドバイザー、一般社団法人全国レガシーギフト協会理事、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ顧問、公益財団法人ちばのWA地域づくり基金顧問等。愛称は「幸せのクマさん」。

加藤:私が新田さんと初めてご縁をいただいたのは、オマツリジャパンを創業した頃、ビジネスコンテスト「TOKYOアクセラレーター」のプログラムに参加していた時でした。当時、第一勧業信用組合の理事長をされていた新田さんから、力強く背中を押していただいたのを覚えています。理事長というお立場を離れられた今も、全国の地域や若い世代と関わり続けていらっしゃるのが印象的です。

新田:そうですね、今はもう肩書きがないからこそ、かえって自由に動けているんです。いろんなところから声をかけてもらって、講演だったり、相談だったり、あるいはちょっと来て話してほしいとか。基本的に「頼まれごと」には全部応えるようにしています。

加藤:すごいですね……全部に、ですか?

新田:ええ。もちろん、何でもかんでも完璧に対応できるわけじゃないです。でも、「できません」とは言わない。むしろ、「こうならできるけど、どう?」というふうに返すようにしています。いきなりNOを出すのって、すごく失礼じゃないですか。頼んでくれた人の気持ちを思えば、こちらも誠意を持って応じたいと思うんです。

加藤:その姿勢が、若い起業家や地域の人たちにとって“メンター”のような存在になっているのかもしれません。講演活動も全国でされていますよね?しかも、ほとんどボランティアで回られているとか。

新田:はい、ほとんど“手弁当”です(笑)。商工会議所、社長会、金融機関、自治体……いろんな人から「来てくれませんか?」と声をかけられたら、できる限り行きますよ。もちろんスケジュールが合わなければ別の日を提案することもあるけれど、基本は断らない。だから最近は「ちょっと新田さん、タダで来すぎじゃないですか」なんて言われることも(笑)。

加藤:でも、その姿勢があるからこそ、また次の縁が生まれているんだと思います。

 

地方には「人を再生させる力」がある

加藤:新田さんは東京にある、第一勧業信用組合理事長として、組合員の支援をすることがお仕事だったと思うのですが、その頃からずっと「地方」に目を向けておられた印象があります。新田さんが、なぜ地方に目を向けるようになったのか、その原点を改めて伺いたいです。

新田:一番大きなきっかけは、やっぱり東日本大震災ですね。あのとき、東京の真ん中にあるオフィスで震災に遭って、一晩を過ごすことになるわけですが、コンビニに行っても棚がすっからかん。翌日の夕方になってようやく千葉の自宅までたどり着いたんです。家に帰ったときにね、心の底から「ここにいれば死なない」って思ったんです。

加藤:その感覚、すごくリアルですね。

新田:都市って便利なんだけど、命を守る力は持っていないんですよ。東京は食料自給率が1%未満ですから。流通が止まれば、たちまち何も手に入らない。一方で、千葉の家には、畑に行けばスイカもサツマイモもある。ニンジンもネギも転がっている。地方には命を守る力があると、素直に実感しました。

加藤:なるほど。

新田:地方には「余白」があるんです。空が広いし、土に触れることもできる。人間の体って、30億年もの間、自然とともに進化してきたわけですよ。それなのに、いまの都市生活って、まるでビルのコンクリートに押し込められているようなものじゃないですか。

加藤:はい。

新田:やはりね、社長が「俺は儲けるんだ」「一番になるんだ」「上場するんだ」といった強烈な目標や成功への強い「光」を追求すると、その強い光の下には必ず「影」が落ちると思うんです。私も、銀行員時代にビルの中で数字を見ていると、たまらないストレスを感じていました。そんな時、どうしていたかというと、僕は海に潜っていた。するとスッと影が消えていくような感覚になった。あれは環境の力ですよ。自然って、人を再生させる力を持っているんです。

加藤:すごく腑に落ちます。私は疲れたときには、お祭りに出かけて“整える”ような感覚があります。

新田:まさにそういうことなんです。祭りでも温泉でもいい。海でも山でもいい。そういう「場」が地方には残っている。仕事や数字ばかりを追っていると、人間ってすり減っていくんですよ。でも、地方に行って、露天風呂に入って、地元の野菜や魚を食べて、地酒を飲んでいるとね、「ああ、これが生きるってことだよな」と思える。

加藤: だからこそ、地方の価値が今、見直されるべきなんでしょうね。

新田:そう思います。地方には“文化”も“食”も“自然”も、全部ある。そして、そこには“人”がいる。東京だけでは日本は回らない。地方が元気にならないと、この国の未来は危ういと、本気で思っています。

加藤:私たちも地方のお祭りを元気にすることで、人も地域も元気になると信じて活動しています。

 

文化は未来への遺伝子――だから祭りは必要だ

加藤:私たちは“祭り”という文化に関わって活動していますが、担い手不足や資金面の課題など、伝統行事が衰退していく現状を見ると、本当に胸が痛みます。昔、新田さんは、年間600回も祭りに出たってお伺いしてびっくりしましたけど、祭りにどんな価値を見出してこられたのでしょう?

新田:文化っていうのはね、長い時間をかけて人々が作ってきた「未来への遺伝子」だと思うんですよ。お祭りだってそう。そこには人が集まって、世代を超えてつながって、笑ったり泣いたり。そういう営みの中で、地域の絆っていうのが育まれていく。それって、人間を人間たらしめる力なんですよ。だから祭りは必要なんです。

加藤:ありがとうございます。本当に共感します。

新田:ビジネスコンテストで加藤さんが当時、「お祭りで日本を元気にする」といいながらうちわを振り回していたのを今でも覚えていますよ。あれは“事業の社会性”を真っ直ぐに体現したメッセージだった。そういう原点がある企業は、必ずどこかで共感されていくものです。

加藤:当時は、まだ収益化のめども立たず、「それでどうやってお金を回すの?」と聞かれることも多かったんですが……。

新田:いやいや、それがいいんですよ。「儲けたいです」じゃなくて、「お祭りで日本を元気にしたい」って言ったからこそ、僕は絶対に支援するべきだって言ったんです。応募の百何十社の中で、ひときわ異色でしたからね。でも、「人のためにやっている」っていう事業には、やっぱり共感が集まるんですよ。

加藤:いま思い返しても、自分が起業した原点はそこにあったと感じます。お祭りが持っている“場の力”に突き動かされて。

新田:文化って、10年や20年の話じゃないんですよ。昔の人たちはね、地域で暮らす中で、お祭りを通してコミュニティを作ってきた。みんなで力を合わせて何かをすることを覚えたり、子どもたちに代々つながっていくような人間関係を築いたり。中には恋人を見つけたり、結婚したり、そういうことも含めて、人の営みの中心にあったのが祭りなんだと思います。

加藤:まさに“生活そのもの”だったんですね。

新田:そう。で、僕は今、地方創生の仕事にも関わっているけど、やっぱりポイントは3つあると思ってるんですよ。1つは自然。山でも川でも海でも、自然の中にいると、人間の心の汚れって落ちるんです。で、2つ目が食ですよね。日本は、水がいいから食べ物もお酒もうまい。こんなに食が豊かな国はそうそうないですよ。で、3つ目が歴史と文化。日本って、世界でも有数の文化大国ですよ。お祭りなんかまさにその代表です。

加藤:だから、今こそ祭りの価値を再認識すべき時代ですね。

新田:そう思う。お金や成長を追いかけていた時代から、人と人、社会の関係性に価値を見出す時代に変わってきている。そういう中で、お祭りってものすごく大事な文化的装置なんですよ。

 

「春が来た」――お金の時代から“人と社会”の時代へ

加藤優子(かとう・ゆうこ)1987年生まれ。練馬区出身。武蔵野美術⼤学油絵科卒業後、(株)ピックルスコーポレーションに⼊社。商品開発とデザインを担当。震災直後の⻘森ねぶた祭に⾏った際、地元の⼈が⼼の底から楽しんでいる様⼦を⾒て、お祭りの持つ⼒に気付く。同時に多くの祭りが課題を抱えていることを知り、2014年に全国の祭りを多面的にサポートする団体「オマツリジャパン」を創業。2児の母。

加藤:さて、この対談のテーマでもあるのですが、この10年ほどで、「ソーシャルグッド」という言葉が広がってきた実感があります。いまやグローバル企業だけではなく、私たちのような小さな会社や、次世代の起業家にとっても、ひとつのスタンダードになりつつあります。新田さんは、この社会の変化をどのように見ておられますか?

新田:時代の“季節”が変わった。僕はよく、戦後を四季にたとえて説明するんだけどね。戦後の焼け野原から始まった復興の時代が「春」、そこから高度経済成長期が「夏」、バブル崩壊で「秋」が来て、長い「冬」の時代を経て、ようやく今また「春」が来た。そんなふうに思っています。

加藤:なるほど、時代を“季節”で捉えるって、すごくわかりやすいです。そして、今の“春”は、かつてのような春とは少し違いますよね。

新田:ええ。今回の春は、“人と社会の春”なんです。かつてのような「物をたくさん作って売って、経済を回せばみんな幸せになる」という時代じゃなくなった。むしろ、これからは「人が人らしく生きること」「社会と調和して生きること」に価値を置く時代になっていくと思います。

加藤:まさに共感や信頼を軸にした経済のあり方が、今注目されていますよね。

新田:そうそう。だって国もその方向にシフトし始めているんですから。たとえば金融庁や経産省が、今、社会課題の解決と経済性を両立するビジネスに対して、お金の流れをつくろうとしているわけです。これは大きな変化ですよ。

加藤:私たちも、日々の仕事の中でそういう兆しを感じます。事業に社会的な意義があるかどうかで、応援してくれる人の層が変わってくるというか……。

新田:うん。たとえば最近よく聞く「ゼブラ企業」って概念がありますよね。ユニコーン企業の対義語として生まれた言葉ですけど、僕はね、ゼブラのような企業って、実は日本の中小企業の多くが元々そうだったと思っているんです。

加藤:どういう点でそうお感じになるんでしょう?

新田:ゼブラ企業って、「利益を追求するだけじゃなくて、社会との共生を大事にする企業」って言われていますよね。でもね、日本には昔から、地域に根ざして、目立たず、でも人と共に生きている企業ってたくさんあるんです。地方の商店とか工場とか。そういう企業の方がむしろ“当たり前”だった。

加藤:確かに、派手な成長を目指すというより、地域の一員として信頼を積み重ねてきた小さな企業が多いですよね。

新田:ええ。だから今、“ソーシャルグッド”っていう言葉が流行り始めたけど、僕からすると「ようやく世の中がそっちに追いついてきたな」って感じなんです。今までは、「それで食えるのか」と言われていた。でも今は違う。「食えるかどうか」の前に、「誰と、何のためにやるのか」が問われている。

加藤:それは本当に、ここ数年で感じる変化ですね。逆に、「単に儲けたい」だけのビジネスは、あまり長続きしない時代になってきている気もします。

新田:そうそう。お金は大事だけど、それだけじゃ人の心は動かない。これからの企業は、社会的意義と持続可能性の両立を求められる時代になっていく。だから、加藤さんたちがやっていることは、もう“時代の追い風”ですよ。

 

若い世代へのエール――未来志向とは「孫のことを考えること」

加藤:私も若い世代の起業家の方から相談を受けることもあるのですが、皆さんすごく真剣で、自分に何ができるのかを常に模索しながら懸命に動いています。新田さんが、そうした若者たちに今かけてあげたい言葉があれば、ぜひお願いしたいです。

新田:難しく考えなくていいんですよ。要するに、自分の子どもや孫のことを考えるってこと。自分の大切な人のこと、次の世代のことを考えると、「今、何を残すべきか」「どういう社会をつくっておくべきか」っていう視点が自然と出てくる。それが未来志向なんです。

加藤:おっしゃる通りですね。私も子供を持って、さらにお祭りを未来につなげていきたいという気持ちが強まりました。単に文化を残すということではなく、子どもたちやその先の世代にとって、生きる力になるような営みをどう残せるかを考えています。

新田:僕ね、「未来志向」と「儲かるかどうか」は、まったく別のものだと思っているんです。むしろ「儲かること」だけを考えていたら、未来は食いつぶされていくだけ。だから、若い人たちに伝えたいのは、「誰かの役に立ちたい」「地域を元気にしたい」という気持ちを大事にしていいんだよ、ということなんです。それを“経営の軸”にしてもいいんだって、伝えたい。

加藤:それはまさに、オマツリジャパンの創業動機でもありました。「なんでこんなことやっているの?」と聞かれることもありましたが、共感してくれる方が少しずつ増えてきて、ようやく今、対話が成立するようになってきた実感があります。

新田:それは、加藤さんたちが信念を持って続けてきたからですよ。オマツリジャパンのような会社は、これからの時代、ものすごく大事だと思います。特に今は「社会にどう貢献できるか」を問われる時代になってきている。そういう中で、「文化を支える」とか「地域の絆をつくる」っていうのは、まさにソーシャルグッドのど真ん中ですよ。

加藤:ありがとうございます。2024年に創業10年を迎え、私たちは新たに「祭りを社会全体で支えていく仕組みを創る」というミッションを掲げました。祭りは「地域に根ざした人の営み」ですから、みんなで支えようという機運を高めていくこと、それが祭りの継承の鍵だと思っています。

新田:まさにその通り。僕は、文化って“人の暮らしの知恵”の蓄積だと思ってるんです。それが今、あまりにも簡単に失われようとしている。でも、オマツリジャパンのような活動があることで、「ちゃんとつなげよう」という気持ちになる人が増えていく。そういう存在でいてほしいですね。

加藤:創業当初から見守ってくださった新田さんに、こうして改めて言葉をかけていただけて、本当にうれしいです。これからも、原点を忘れずに頑張ってまいります。

新田:期待しています。

加藤:ありがとうございます。これからも現場から、一歩一歩、社会を良くしていけるよう取り組んでまいります。

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