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よさこいは海を越える〜東南アジアで広がる若者文化〜

2026/3/10
2026/3/9
よさこいは海を越える〜東南アジアで広がる若者文化〜

高知県で生まれたよさこいは、日本各地へ広がっただけでなく、いま海外でも踊られる文化となっています。とくに東南アジアでは、大学生や高校生を中心に現地のチームが生まれ、各地でフェスティバルも開催されるまでになりました。

今回は、よさこい文化の研究に長く携わってきた高知大学の川竹大輔先生に寄稿いただき、海外で広がるよさこいの歴史と、ベトナムやマレーシア、タイなど東南アジアでの現在の様子について紹介します。

 

〝よさこいは、なぜ全国に広がったのか〟

(2001年から始まった「原宿表参道元氣祭スーパーよさこい」。1999年発の池袋「東京よさこい」と並ぶ首都圏最大級のよさこいイベント。)

1954年にできた高知県発祥のよさこい祭りが、1992年に北海道の札幌でYOSAKOIソーラン祭りとして広がってから、日本全国で200か所を超える、鳴子を持ったよさこい系イベントが各地で開催されている。

また、日本国内に812校ある大学のうち、200校ほどでよさこいサークルやよさこい部が活動をしている。

なぜ、よさこいが広がったのか。ひとつは戦後生まれのイベント祭であった高知のよさこい祭りで、よさこい鳴子踊りを作り上げた作曲家・武政英策氏の考えを反映させて、参加型の進化する祭として楽曲や振り付け、衣装といった祭りの基本的なスタイルを変更していくことを高知の人々が受け入れ、現代的にアレンジされたよさこい祭りが定着したことだ。

そのうえで、YOSAKOIソーラン祭りをきっかけにして、インターネットの普及や高速交通網の整備もあって、主催者やチームがそれぞれに交流する祭としてよさこいは各地に広がった。

 

海外進出の最初は1972年・フランスのカーニバル

こうして日本全国で踊られるようになったよさこいの海外への展開でいえば、1972年にフランス南部・ニースのカーニバルで、サンバ調にアレンジされたよさこい鳴子踊りを高知からのメンバーで披露したのが最初だ。1970年の大阪万博でよさこいを見たニース市長から声がかかったという。正調のよさこい鳴子踊りではフランス人にインパクトが薄いのではないかと、作曲家の武政英策氏がサンバ調にアレンジしたものを踊ったところ、ニースのみなさんに好評だったと伝えられている。

その後、しばらくは高知で編成したメンバーで、欧米で開催のジャパンウイークのイベントや、高知と自治体交流のある海外でよさこいを踊ったという記録がある。

 

1990年代、よさこいは世界へ広がり始めた

1990年代によさこいが全国に広がってからは、1997年にシンガポールの日本人学校でYOSAKOIソーラン同好会が発足したほか、2002年にガーナで高知ゆかりの日本大使がよさこいを広げ、2003年にブラジルで「ブラジルYOSAKOIソーラン祭り」が始まった。

高知や北海道をはじめ全国各地で結成されたよさこいチームが海外遠征をして踊りを見せる、交流する海外のチームが日本で踊る、という現象があちこちで見られた。

そして、2001年には日本人と韓国人でともに踊る日韓合同ジャパリアンチームがよさこい祭りに参加をする、2003年に始まったインドネシア・スラバヤ(高知市と姉妹都市交流がある)でのよさこいが徐々に地元のスラバヤ市民の年中行事としてアレンジされながら定着する、ということが続いた。

海外でのよさこいの広まりを俯瞰すると、最初は高知のよさこい鳴子踊りを担っていた人々が海外遠征をして単発的に海外で踊る、というスタイルだったものが、全国的によさこいが普及する時代状況の移り変わりのなかで、海外に日本文化を紹介する取り組みの一環として、日本人学校や日系人社会のなかで踊るように変化をした。

 

東南アジアでは100チーム以上が活動

2024年4月のハノイよさこいの様子。エネルギッシュな演舞。

そのうえで、ヨーロッパや北米では日本のポップカルチャーに親しみを覚える一般の人たちが集まってのよさこいチームがあるほか、インドネシア、ベトナム、マレーシア、といった国々ではそれぞれ20から30チーム、タイではよさこいコンテストに参加をした高校生チームを含めると10チームほど、アフリカのガーナでは10チームほどが、日本由来以外の人々で高校生、大学生、若い社会人といった階層が踊り子になってよさこいを楽しんでいることが分かってきた。

東南アジアでは、ベトナムとインドネシア・ジャワ島では大学生と若手社会人が、マレーシアとインドネシア・バリ島では高校生の年代が、よさこいの踊り手の中心世代だ。

日本人や日本由来の人が多数を占めるチームでは、チーム内の言語が日本語であるのに対して、数多くの現地チームができている国々ではチーム内の言語がそれぞれの国や地域の言語になっている。

そのなかでも、合わせると100チームを超えるよさこいチームがある東南アジアには、コロナ禍が落ち着いてきた2024年4月にベトナム・ハノイのよさこいフェスティバルと、2025年6月にマレーシア・ペナンのペナンよさこいを見る機会があった。

 

ベトナム・ハノイのよさこいフェスティバル

2024年4月のハノイよさこい。

ハノイのよさこいフェスティバルでは、イオンモールハドンを会場にベトナムの日本語学校や大学のサークルを母体にするよさこいチームが、日本から参加のチームも加わっての鳴子踊りを披露していた。2日間にわたって午前から夜までの開催で、大旗の共演セッションもある本格的なものだ。聞くと、日本語学校の文化祭のなかでスタートしたベトナムよさこいは、日本のよさこいチームと相談して、衣装や楽曲、振り付けの提供を受けながら、YouTubeで見た映像などを参考にアレンジをしてきた歴史があるという。

2024年4月のハノイよさこい。多彩な衣装も興味深い。

 

マレーシアでは高校の部活動として広がる

2025年6月のペナンよさこいの様子。手づくり?の提灯らしき道具を掲げる

マレーシア・ペナンのペナンよさこいでは、日本から2つ、タイやシンガポールから一つずつのゲストチームを迎え、合わせて30チームほどで市街地にあるエスプラネード広場のパレードとステージの会場でよさこいが披露された。マレーシアのチームのほとんどは、日本でいえば中学校や高校にあたる中等学校の生徒たちで構成される。

イスラム教徒の女子学生はスカーフを被って、男子学生は鉢巻もしながら鳴子を手に踊る。手づくりと思われる道具も登場して、高知ゆかりのよさこい節や、YOSAKOIソーラン祭りの影響を受けたソーラン節が熱帯の会場で流れるのを聞いた。

マレーシアのよさこいでは、ペナンよさこいから帰ってきたあと、オンラインで関係者の方々とヒアリングを重ねている。

日本の国際交流基金クアラルンプール事務所の勤務が長く、マレーシア日本語協会を立ち上げた方によると、マレーシアのよさこいは、高知の国際交流隊に踊りを披露してもらった2002年がスタートで、日本語を第2外国語として教えるマレーシア国内135校のうち、よさこいのグループチャットに入っている教員が41名いて、よさこいをやっている学校が30から35校はある。マレーシア人の教員でよさこい普及に熱心な方がいて、よさこいワークショップを各地でやって広がった。

生徒たちがインターネットで探して曲や振り付け、衣装を考えていて、日本のチームとつながる学校もある。

 

日本の部活文化に似た練習風景

また、マレーシアでは国際交流基金の日本語パートナーズ派遣という仕組みのなかで、現地の日本語教師のアシスタントとして授業のサポートをする、現地の人たちと日本文化の紹介を通じて交流をする日本人の枠があって、そのメンバーのなかで赴任した学校でよさこい指導をするケースも生まれている。

全寮制の中等学校に派遣された女性によると、ほぼ全員がマレー系の生徒のなかでダンスが好き、日本が好き、でも、運動系の部活をするのはちょっと苦手という生徒がよさこいチームに参加をしている傾向があるという。

よさこいの大きな大会の前になると、体育館や屋外のテニスコートなどを利用して、夕方5時から11時半ぐらいまで練習をしていた。1年生から最終学年の5年生までがひとつのチームにいるが、6月のペナンよさこいが終わると受験のために5年生は引退する。

よさこいの衣装や鳴子は生徒たちが自分で購入するほか、保護者からの寄付やスポンサー集めをして、よさこいの費用をまかなっている。

よさこいの楽曲はよさこい部顧問の教員が日本のチームとダイレクトメールを何度も送って連絡を取り合う関係性を築き、毎年変更になる楽曲・振付を利用する許可を得ている。

日本語パートナーズでよさこい指導をしていた女性は、生徒と同じ寮で暮らすなか、毎日のよさこい練習に付き添っていた。マレーシアの生徒は一人一人の演舞練習で上手になろうとがんばるが、グループで踊りを合わせていくのは日本人に比べて苦手なようだと振り返っていた。

卒業した先輩が学校の練習場所にやってきて、一緒に踊る練習をする、アドバイスをする姿を聞くと、日本の部活と似ていると感じる。また、よさこいの大会があって遠征するときは、一軒家を借りて雑魚寝をして泊まる、遅い時間帯によさこい大会が終わって地元にバスで戻ると到着は翌朝になる、という話を聞くと、日本のよさこいチームと同じような時間の過ごし方をマレーシアの生徒たちもやっているようだ。

 

イスラム社会でも受け入れられる理由

同じく2025年6月のペナンよさこい。スカーフも装いに。

今年は、2月から半年間で20名の日本語パートナーズがマレーシア入りしているが、そのうち高知大学人文社会科学部の学生で、よさこいチームの指導をやれるレベルの女性2名がマレーシアでよさこいをやっている学校に着任するので、その模様を教えてもらうのが楽しみだ。

マレーシアの現地の方によると、マレーの踊りと日本の踊りは、壇上で踊っていても肌を接する機会がないのは共通していると感じるそうだ。多民族社会のなかで、だれでもできる日本由来の祭りは参加しやすいと好評だ。

マレーシアでは、首都のクアラルンプールで5万人が踊る盆踊りがあるが、イスラム教的に祖先崇拝の側面がある盆踊りを本当にやっても良いのかという議論がこのごろはあるなか、第2次世界大戦後に政教分離を前提として宗教的行事とは無関係に高知でスタートしたよさこいの、現地での展開は今後も期待されるという。

 

タイでも高校生チームが誕生

こうしたマレーシアの中等学校でよさこいをやっていることに影響を受けて、マレーシアに近いタイの南部でも中等学校のよさこいに取り組む学校があって、2025年6月のペナンよさこいにはタイから参加の学校よさこいチームが踊っていた。

タイでは、よさこい鳴子踊りを10年以上やっている「良い処」チームとタイと日本の経済界の支援で設立した泰日工業大学の学生よさこいチームが活動をしているのを聞くが、日本語力を競うコンテストをやっていたタイの早稲田日本語学校が中等学校に呼びかけ、シラチャという都市のショッピングモール内の会場でよさこいコンテストを2回実施している。1回目は鳴子を持たない踊りもあったが、よさこいを教えるワークショップをしたところ、2回目は集まった8チームで鳴子踊りをやったと教えてもらった。

タイでは、高校生によさこいを教える指導者をそれぞれの学校に日本から派遣することができると、もっとよさこいは広がるのではないかと聞いた。

 

海外で育つ「現地のよさこい」

以上、よさこいが海外に広がる動きを見ると、日本からの海外へのチーム派遣や海外の日本人学校・日系人社会のなかでのよさこいも継続している一方、多数のチームがある東南アジアばかりでなく世界各地で地元の人たちが担うよさこいチームが誕生していて、高校生や大学生のころからよさこいに親しむ若い人たちの動きが、それぞれの国の事情に合わせて活発になっていると分かってきた。

 

中の人

川竹 大輔(かわたけ・だいすけ)
高知大学地域連携課専門員(地域人材育成)、理事特別補佐。文化人類学・民俗学を学び、よさこい祭りをはじめとする祭礼文化や地域文化の研究を行う。学生時代には1992年のYOSAKOIソーラン祭りの創設にも関わるなど、よさこいの現場と研究の両面から活動。著書に『よさこいはなぜ全国に広がったのか』(リーブル出版)。

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