太くて長い大綱を二手に分かれて引き合う「大綱引き」のお祭りは日本の各地で行われていますが、特定の時期に複数の町で盛大に行われる地域といえば何といっても沖縄です。なかでも、
◎那覇大綱挽(那覇市)
◎与那原大綱曳(与那原町)
◎糸満大綱引(糸満市)
この3つは「三大大綱引き」と称されています。今回は、沖縄の大綱引きの起源や特徴、3つの大綱引き行事それぞれについて、また、他の大綱引き行事もあわせてご紹介します。
全国で行われている綱引きの祭りは?
沖縄の大綱引きの話の前に、全国ではどんな綱引き祭りがあるのか簡単にご紹介しましょう。
大綱を引き合う祭りは、地域ごとに色々な時期と目的で開催されています。例えば、花火のまちとしても有名な秋田県大仙市の大曲(おおまがり)や刈和野の綱引きは、旧暦のお正月である現在の2月に行われ、その年の豊作を祈願し占うことを目的とした伝統行事です。
旧暦の端午の節句の時期となる毎年6月には、佐賀県唐津市の「呼子大綱引」、鳥取市の「因幡の菖蒲綱引き」、兵庫県の湯村温泉で「湯村の菖蒲綱引き」などが開催。五穀豊穣とともに子どもたちの健やかな成長への願いも込められているといいます。
藩政時代に灌漑用水工事の工夫たちを鼓舞したのが起源という「土佐市大綱まつり」は毎年8月後半に、関ヶ原の戦いの際に士気を高めるため島津義弘が始めたといわれる、鹿児島県薩摩川内市の「川内大綱引」は毎年9月、秋分の日の前日に行われています。
このように、本州で現在行われている大綱引きの祭りは時期もねらいも様々なのに対して、沖縄の大綱引きは琉球王国の独自の文化を背景に、特定の時期に盛んに行われているのが特徴です。ここから詳しく見ていきましょう。
沖縄の大綱引き行事の由来と開催時期
沖縄の大綱引きは市町村より小さい字(あざ)ごとに行われるほどで、県民の暮らしと密接な関わりがあり、とても大事にされている行事です。田畑の害虫退散や雨乞いのための農村行事が発展したもので、与那原(よなばる)大綱曳の始まりとして次のような話が伝わっています。
時は琉球王国、約440年前の尚永王(しょうえいおう)の時代に遡ります。ある年、害虫の発生と日照りで稲の不作が続き、人々は餓死寸前まで追い込まれていました。
困り果てた村頭が、当時は姥捨ての習慣があったためアムト(畑のあぜ)に捨てられた老人のもとへ知恵を借りにいくと、「野山の草を集めて焼き、皆で鐘やドラを叩き、大声を出しながら綱を曳くように」と教えてもらったといいます。
そのとおりにした結果、害虫はいなくなり稲が実るようになりました。これを聞いた王は、綱引きで豊年祈願することを奨励し、老人を捨てることを禁じたのだそうです。
こうして大綱引きは「綱を引いて豊年を引き寄せる」ことにも通じるとして、豊作・豊漁祈願はもとより勝敗によって豊作・凶作を占ったり、厄払いや無病息災を祈る神事として、沖縄各地で行われるようになったといわれています。
そして現在の大綱引きの多くは、琉球王国の時代から行われている農耕儀礼「ウマチー(御祭)」や「カシチー(強飯)」、年中行事の「ジューグヤ(十五夜)」の時に行われています。
ウマチー(御祭)は古来、旧暦2月と3月、旧暦5月と6月の吉日を選び年4回行われてきました。旧暦2月は麦の初穂祝いと豊作祈願祭、旧暦3月は麦の収穫感謝祭、旧暦5月は稲の初穂祝いと豊作祈願祭、旧暦6月は稲の収穫感謝祭でしたが、現在でも残っているのは旧暦5月15日と6月15日のウマチーです。
各家庭ではミキ(神酒)をお供えして食に感謝しつつ家計の安泰を祈願し、集落ごとで綱引き「ウマチージナ(御祭綱)」が行われます。
また、ウマチーに続き、米が穫れたことの報告と感謝を捧げる儀礼が年2回のカシチー(強飯)です。旧暦6月にはもち米で強飯(おこわ)を炊き、旧暦8月には小豆を加えたお赤飯を炊いてお供えするとともに、集落では綱引きを行ってきました。
なお、このカシチーは地域によっては「アミシの御願(雨乞い祈願)」や「ミーメーウイミ(新米折目)」といった別の農耕行事に置き換えて行われる場合もあります。
さらに、綱引き行事の開催日で多いのが、旧暦8月15日のジューグヤ(十五夜)です。この日は「中秋の名月」といって、夜にお月見をする風習が全国でも残っているのでイメージしやすいかもしれませんね。沖縄の各家庭でも月見団子ならぬ「フチャギ(吹上餅)」という、外側にたっぷり小豆をまぶしたお餅を仏壇や火の神にお供えして、月を拝みます。
集落においてはウマチーやカシチーと同様に農耕儀礼の色合いが濃く、豊作祈願や収穫への感謝、なかには月の様子を見てその後の豊作不作を判断する占いを行っていたところもあったのだとか。
現在は綱引きのほかにも、相撲大会、踊りや獅子舞、芝居といった祈願の余興「ムラアシビ(村遊び)」の部分が発展し、盛大に開かれています。
このように、沖縄の大綱引きは農耕儀礼との関係が密接で、その集落ごとに年1回や2回または数年に1回など、旧暦5月のウマチーから旧暦8月15日のジューグヤにあわせて行われています。
現在の新暦に置き換えると旧暦は1か月~1か月半ほど遅い日付になるので、開催時期は毎年6月中旬から9月末くらいまで。毎年旧暦にあわせて日付が変動するので、見に行く時は大綱引きの公式サイトや現地の自治体の公式サイトなどで開催日を必ずチェックしてから行くのがポイントです。
沖縄の大綱引きの流れと特徴
沖縄の大綱引きでは、ミージナ(雌綱)とウージナ(雄綱)の2本に分かれた大綱を、最初に中央で結合させた後、東西または南北の二手に分かれた地域の人々が引き合うのが最大の特徴です。
細かい流れは集落ごとでそれぞれ異なる部分もありますが、特に三大大綱引きには他にも共通の特徴があり、それがそのまま見どころにもなっているのでご紹介しましょう。
①大綱引きの前の「道ジュネー」から盛り上がる!
綱引きが始まる前に、その土地の守り神をかたどったシンボルを付けた「旗頭」が集結。舞踊や歌、エイサーなどの伝統芸能を披露しながら練り歩くパレード「道ジュネー」が繰り広げられます。大綱引きに向けて、沿道の観衆も巻き込んで期待と興奮が高まっていきます。
また、与那原大綱曳では綱引きの勝負のあとに、お互い旗頭を舞わせて絡ませ競演させる「ガーエー(我栄)」も賑やかに行われます。
②綱に乗る「シタク(支度)」にも注目!
決戦の前に、歴史上の人物や物語の登場人物、沖縄の英雄などに扮した「シタク(支度)」が登場します。那覇や糸満の大綱引きでは、赤い戸板に乗ったシタクたちが両軍の綱の上を端から中央に向かって進んで相対して見得を切り、綱引きの勝負の瞬間を盛り上げます。
与那原大綱曳ではシタクたちは担ぎ上げられた大綱の上に立って登場し、綱引きが始まって綱が地面についた瞬間に綱から飛び降ります。この流れは非常に迫力がありダイナミックです。
③「カヌチ(頭貫)」が結合する様子を見逃すな!
雌雄の大綱の一端は輪になっていて、この部分を「カヌチ(頭貫)」といいます。大綱引きの前に、掛け声にあわせて両側から綱を寄せ合っていき、カヌチを六尺棒で支えながら一方を他方の輪の中へ入れ込みます。
交差したら「カヌチ棒」という大きな棒を差し込み、両側から引いても離れないよう大綱を完全に結合させます。
結合が完了したら、いよいよ大綱引きがスタートします!
両軍ともに全力で激しく綱を引き合う様子を楽しみましょう。観光客でも参加可能で、実際に綱を引いたり担いだりできる大綱引きもあるので、確認のうえ腕に覚えのある方はぜひ参加してみてください。
沖縄の三大大綱引きをご紹介!
◎那覇大綱挽(那覇市)
那覇大綱挽は、沖縄の稲作文化を基礎にして、交易都市として発展した那覇人の心意気を発揚するために1450年頃から始まったとされています。
1935年で一度途絶えましたが、沖縄の復帰前年の1971年の「10・10那覇空襲」の日に復活。今では28万人もが訪れる沖縄最大級の行事になりました。
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15,000人を超える人たちが引き合う大綱は、全長200m、直径約2m、総重量が40トンもあり、「世界一のわら綱」として1995年にギネス認定も受けています。
例年10月のスポーツの日の前日の日曜日に、那覇市の国際通り、国道58号久茂地交差点を中心に開催。この3連休は「那覇大綱挽まつり」と称して、出店やステージイベントなども盛りだくさんで那覇の賑やかな秋を丸ごと楽しめます。
2023年も10月8日(日)に那覇大綱挽が行われます。詳しくは那覇大綱挽公式サイトでご確認ください。那覇大綱挽まつりも10月7日(土)~9日(月・祝)の3日間にわたり開催されますので、詳細は那覇市公式サイトの案内ページなどからご確認ください。
◎与那原大綱曳(与那原町)
沖縄本島南部の与那原町で行われる「与那原大綱曳」。先に由来を紹介したとおり、琉球王国時代に害虫退散と雨乞い、豊作祈願のため始まったといわれ、東西の綱の結合で稲の実りを前祝し、綱引きの勝敗で豊凶作を占うものです。
沖縄で一番華やかで力強い綱として知られ、綱の上にシタク(支度)を乗せるところから始まって、綱引きが終わるまで途切れることなく一連の流れで進むため、そのスピードと迫力が多くの綱引きファンを魅了しています。
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もともとは旧暦6月26日、アミシの御願(雨乞い祈願)のときに行われていたそうですが、農家の減少や生活環境の変化、観光要素が強くなったことなどから、現在は旧暦6月26日以降の最初の日曜日に行なわれるようになりました。
2023年は8月19日(土)と20日(日)の2日間で「与那原大綱曳まつり」が開かれ、8月20日の17:00から大綱曳が行われました。詳しくは与那原町公式サイトでご確認ください。
2024年の予定はまだ発表になっていませんが、旧暦6月26日以降の最初の日曜日は8月4日となります。公式発表を楽しみに待ちましょう!
◎糸満大綱引(糸満市)
沖縄本島最南端に位置する糸満市。糸満ロータリーから白銀堂の間で行われるのが「糸満大綱引」です。2週間前に糸満の10地区で作られた小綱を、綱引き当日の朝から約3時間かけてより合わせ全長180m・総重量10トンの大綱へと仕上げます。
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他地域の大綱引きの多くは日曜や祝日に行われて観光化されていますが、糸満大綱引は伝統的に毎年旧暦8月15日のジューグヤ(十五夜)に行われています。
2023年も旧暦8月15日、中秋の名月にあたる9月29日(金)に無事開催され、ニシカタ(北組)とヘーカタ(南組)の戦いはニシカタに軍配が上がり、ニシカタが三連覇を果たしました。来年の日程は未発表ですが、旧暦8月15日は2024年9月17日(火)となります。公式発表が楽しみですね。
まだまだある!沖縄のほかの地域の大綱引き
・真志喜大綱引き(宜野湾市)
宜野湾市真志喜地区で開催される大綱引きで、地域社会の安全や繁栄を祈って行われています。開催日は毎年旧暦6月15日(6月ウマチー)に近い日曜日です。
綱を棒で相手よりも高く掲げて押し合う「アギエー」を行うのが特徴で、綱引きと交互に行います。アギエーを行うのは県内では宜野湾市の真志喜と大山のみといわれ、とてもユニークな行事です。
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・大山大綱引き(宜野湾市)
約300年の歴史があり、子孫繁栄や家内安全などを願う宜野湾市大山地区の大綱引き。以前は旧暦6月15日(6月ウマチー)の日が開催日でしたが、現在はその前後の日曜日に行われています。真志喜地区と同様アギエーを行うのが特徴です。
・津嘉山綱曳き(南風原町)
南風原町(はえばるちょう)の津嘉山(つかざん)で開催され、480年の歴史がある大綱引きです。豊作や地域の安泰を祈って毎年旧暦の6月26日に開催されています。
他にも糸満市の「真栄里大綱引き」は、旧暦8月15日のジューグヤを過ぎた最初の日曜日に開催。中城村(なかぐすくそん)の「当間大綱引き」は旧暦7月に7年おき、沖縄市の「泡瀬大綱引き」は5年に一度、行われます。
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沖縄本島以外の島でも大綱引きは盛んです。石垣島では2023年8月6日、4年ぶりとなったムラプール(豊年祭)が開かれ、その中で大綱引きが行われました。宮古島でも4年ぶりに「宮古島夏まつり」東西大綱引きが、2023年7月22日に開かれ、大いににぎわいました。
まとめ
今回は、沖縄で開催される大綱引き行事の基礎知識や、三大大綱引きと呼ばれる3つの綱引き行事などをご紹介しました。どんな由来や特徴を持ち、どんな流れで行われるお祭りかお分かりいただけたのではないでしょうか。
沖縄の大綱引きでは、綱引きで勝敗を決し、豊作なのか豊漁なのかを占うといった側面もありますが、それよりも地域の皆が一体となって綱を引くことで豊年や福、無病息災や地域の安寧と繁栄を引き寄せようとする意味合いが強いように感じられます。
一般参加がOKの大綱引きも数多くありますので、沖縄に行った際には、観光だけではなく、ぜひ大綱引きにも参加して地域の心を感じてみてはいかがでしょうか。