毎年5月10〜16日は「愛鳥週間」です。
花鳥風月を愛してきた日本人にとっては、鳥の愛護という行為は自ずと琴線に触れるもの。愛鳥週間は、1947年に定められて以来、80年近く続くイベントとなっています。
目下たまご不足の折、食卓の栄養を支えてくれていたトリ達に改めて感謝の念を抱いた人も多いのではないでしょうか?
この記事では、このイベントの由来やトリビア、日本人と鳥との深い関わりと、鳥に関係するお祭りについて紹介します。
「愛鳥週間」って何?
「愛鳥週間」は、もともと1894年にアメリカで始まった「Bird Day」がモデルです。アメリカでは4月10日を植樹祭として森林保護を奨励してきた歴史があります。その流れにおいて、「森林の保護者」の「小鳥」を守ろうとペンシルバニア州オイルシティー市の教育者が「Bird Day」を提唱したのです。アメリカでは、毎年5月4日に行われています。
日本に輸入された「バードデー」
日本では、この取り組みを真似て、日本鳥類保護連盟の結成時に、4月10日を「バードデー」と定めました。その後、夏鳥の渡来に時期を合わせて5月10日に変更。1950年からは、5月10日から16日までの1週間を「愛鳥週間」としました。
この期間、国が「全国野鳥保護のつどい」を開くのをはじめ、日本各地の自治体・団体がさまざまなイベントを行なっています。
神話の中の「鳥」たち
文明を持つ以前の人類は、人間の力の及ばない太陽や、風、海あらゆる自然の中に霊的な力を感じて、崇めたり祀ったりしてきました。そして、自然の中に生きる動物にもまた、同じような神の力を見出します。中でも、空を自由に飛ぶ鳥たちはより神に近い存在として認識されてきたと研究者によって指摘されています。
エジプトの最高神ホルスは、ハヤブサの頭をしています。中国でも太陽に住むと言われる金烏(きんう)というカラスが神聖視されています。この金烏は、三本足だという言い伝えもあり、日本神話で神武天皇を導いた「八咫烏(やたがらす)」とのつながりも感じさせます。
また、茨城県ひたちなか市の三反田蜆塚古墳では、オジロワシを丁寧に埋葬した古墳が見つかっています。おそらく、村の守り神としていたのだろうと考えられています。弥生時代の日本では、宗教的指導者である巫女たちが鳥のような装いをしていたこともわかっています。この「鳥装」は、神に近づくために行われていたとされます。
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日本列島ができたのは「セキレイ」のおかげ
日本神話において、イザナギ・イザナミの国生み神話はよく知られています。『日本書紀』には、二人が夫婦和合のやり方がわからないでいたところ、一羽のセキレイが現れて、尾を上下に動かすのを見て、ようやく生殖の方法を理解でき、イザナミは国土を生むことができたと書いてあります。アイヌの創世神話にもセキレイの尾の動きから男女の交わりについて理解し、そのおかげで大地に人間が増えたという話があるそうです。
前述のように、八咫烏に導かれて日本の国を作った神武天皇は、トビ(鵄)にも助けられています。東征の最中、長髄彦(ながすねひこ)の軍勢と戦っていた神武天皇の弓に、金色に輝く鵄(金鵄)が止まり、その光に助けられて長髄彦の軍を打ち破ることができたとされます。
この故事から、明治時代から終戦まで、功績のあった軍人に贈られる「金鵄勲章」にも名前を採用されていました。
農村の年中行事「鳥追い」とは?
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一方、農耕が根付いた時代になると、鳥は厄介な害獣にもなりました。関東から東北においては、小正月の時期に「鳥追い」という年中行事が行われています。新潟県魚沼・頸城の山間地では、「ホンヤラドウ」などと呼ばれる雪室を作り、子どもたちはそこで餅やみかんを食べて、その後、拍子木や太鼓を叩きながら鳥追い唄を歌って村中を回ります。
近世になると、京都や江戸のような都市部で、編笠姿で三味線などを弾きながら、門付けする女性芸人もいました。彼女らは正月の頃には鳥追い唄を披露して家々を歩いたことから鳥追い女などと呼ばれていたそうです。
「鳥」にまつわるお祭り5選!
この鳥追いを、お祭りとして実施している例もあります。
中之条鳥追い祭(群馬県)
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群馬県吾妻郡中之条町で、毎年1月14日に行われる「中之条鳥追い祭」は、約400年もの歴史をもつお祭りです。田畑を荒らす鳥や獣を追い払って作物の実りを祈るほか、町内厄除・家内安全を願います。神社での神事後に巨大な太鼓を叩きながら、「鳥追いだ、鳥追いだ、唐土(とっと)の鳥を追いもうせ、セッセッセ、サーラバよって追いもうせ」という掛声ととも地域を練り歩きます。厄年の人の厄落としや、商店からは繁盛を祈って「みかん投げ」も行われます。
他にも、鳥が主役のお祭りがたくさんあります。
加勢鳥(山形県)
山形県上山市で毎年2月11日に行われる奇習「加勢鳥」。その名前は「稼ぎ鳥」または「火勢鳥」に由来していて、五穀豊穣と商売繁盛を願う風習です。「加勢鳥」は、神さまそのものではなく、神の使いだとされています。お祭りでは、「ケンダイ」と呼ばれる藁の衣装を頭から被った加勢鳥が練り歩く中、沿道の人々が、祝い水をかけたり、手拭いを巻いたりします。抜け落ちた藁を拾うと、黒髪の美人になるとも言われています。江戸時代から一時中断された時期を経て、1959年に新たに踊りなどを加えて復活したお祭りです。
鷺舞神事(島根県)
島根県津和野町で毎年7月20日・27日に披露される「鷺舞神事(祇園祭)」は弥栄神社に伝わる神事で、国の重要無形民俗文化財です。20日に町内11カ所、27日に町内9カ所を回り、2匹の鷺に扮した踊り手が一糸乱れる優雅な舞を披露します。高さ85センチ、重さ約3キロの鷺頭と、12キロの鷺羽を身に着けての舞は見ものです。かつては京都の祇園祭で踊られていたものですが、津和野では一度も廃絶することなく400年の伝統を受け継いでいます。ユネスコ世界無形文化遺産「風流踊」の一つでもあります。
鳳凰の舞(東京都)
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同じくユネスコ世界無形文化遺産「風流踊」の一つ「鳳凰の舞」は、東京都西多摩郡日の出町の春日神社で、毎年9月29日に近い週末に奉納される伝統芸能です。はっきりした伝承・由来が残されていませんが、雨乞いや疫病退散のために奉納されてきたと考えられています。鳳凰の冠を被った5人と、赤い頭巾を被った5人が太鼓のまわりで勇壮に舞い踊ります。この舞は、子どもたち扇と木刀を持って踊る「奴の舞」と合わせて披露されますが、江戸風の奴の舞と、上方風の鳳凰の舞が一緒に披露される珍しい芸能となっています。
鳥刺し(長崎県)
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最後はお祭りではなく伝統芸能ですが、長崎県雲仙市の「鳥刺し踊り」をご紹介します。「鳥刺し」は、そもそも鳥を捕まえる職業を指す言葉で、モーツァルトのオペラ「魔笛」にパパゲーノという鳥刺しが登場するなど、世界各地にあった仕事です。日本では鷹匠に仕えて、餌になる小鳥をとり餅を使うなどして捕まえていたそうです。そして、その猟の様子を模した踊りが、日本各地で芸能として伝承されています。中でも長崎県雲仙市の「鳥刺し」は、真っ赤な褌を全裸に巻きつけたインパクトのある格好で有名です。鳥刺しは、結婚式などのめでたい席で披露される踊りですが、鍋島藩の支藩藩主が起源という由来から、2月下旬ごろ、国見町の神代小路・鍋島邸で行われる「緋寒桜の郷まつり」などで披露されています。