日本の各地に存在し、地域の風習や文化、職人さんの技術や想いが込められている郷土玩具。素朴な愛らしさは、今も昔も多くの人の心をキュンとさせてきました。でも、どうして郷土玩具は、人々の心をときめかせてくれるのでしょうか?
そこで、子どもの頃から郷土玩具に夢中という日本郷土玩具の会・会長の中村浩訳さんに郷土玩具の魅力について、ちょっとディープにお伺いしました。
中村 浩訳(なかむら ひろのぶ)
静岡県浜松市出身。「日本郷土玩具の会」「全日本だるま研究会」会長。著書に『全国厄除け郷土玩具』(誠文堂新光社)、『新装版 開運だるま大百科』(日貿出版社)など。現在、Youtubeチャンネル「おもちゃの部屋」でも、郷土玩具の情報を積極的に発信している。
目次
郷土玩具のバイブル『うなゐの友』への掲載が運命を分けた?
——中村さんは子ども時代に郷土玩具に興味を持ったとのことですが、それはどういうきっかけだったのでしょうか。
中村 兄と一緒にいった展示会で、郷土玩具に出会いました。見た瞬間「これ、一生やるんだろうな」と思ったね。兄弟でハマって、収集していたんだ。
——子どもの頃の予感は大当たりでしたね!会長をされている日本郷土玩具の会はいつごろからあるのでしょうか。
中村 昭和16年だったかと思います。郷土玩具という言葉は昭和15年頃から使われていて、その前は土俗玩具などと言ってましたね。だいたいおもちゃか、お守りか。
郷土玩具をコレクションして披露するといったことを初めてやったのは、明治時代なんだよ。運送屋をやっていたおやじで清水晴風(しみずせいふう)という人がね、『うなゐの友』という画集を出したんだ。
これは復刻本なんだけどね。
——おおお!!かわいいが詰まっています。イラストにすることで、かわいさ倍増ですね!
中村 それが、東京では全然売れなかったんだよ。その後、京都で着物の柄などデザインの画集を出版していた芸艸堂(うんそうどう)という出版社が出したら売れて、2集、3集と重ねて行き、清水の死後は西沢笛畝(にしざわてきほ)が引き継いで、最終的に10集まで出たんだ。
——大ヒット書籍だったのですね。いやあ、このかわいさにはしびれます。
中村 郷土玩具のバイブルとなって、みんながあちこちで郷土玩具を買い求めるようになるきっかけの本。これがなければ、郷土玩具自体が消滅していたかもしれないんだ。
なぜなら掲載された郷土玩具は売れるようになって残ったけど、載らなかったものは消えていったからね。
——何から何まで網羅するのは、難しかったのですね……切ないお話です。
今の赤べこは昔とデザインが違う!?郷土玩具を取り巻く事情
中村 ほかの著名な郷土玩具の本といえば、昭和初期に出版された武井武雄の『日本郷土玩具』だね。これは写真に加えて、住所が入ってるんだよ。これをみて、制作者を訪ねることができたんだ。
——直接、買い付けができたんですね!今だと個人情報が厳しくて、制作者さんの住所までがでることはなさそうです。最近だと無印良品さんが、郷土玩具人気を押し上げているイメージですが、どう見ていますか?
中村 無印良品とフィギュアの海洋堂だね。そういった取り組みが、元ネタの売上になっていればいいんだけど。フィギュアだと小さくて場所をとらずに飾れるし、壊れないから人気なんだよ。
——確かにプラスチックだから丈夫です。元ネタの方は、売上が厳しいのですね。
中村 例えば、会津若松の赤べこ。本当に古くからあった赤べこは、みんなが知っているデザインとは少し違うんだ。昔、手作りで作っていた時は、数を作ることも出来なかった。一番古い工房が会津若松の駅前にあったのだけど、再開発で場所を離れたら売れなくなってね。いろいろあって結局辞めちゃったんだ。
だから、今みんなが見ている赤べこは、ほかのところが成形でつくったものなんだよね。会津若松のポスターに載っているような赤べこも、新しいデザインのもので古くからの赤べことは違うんだ。もう少しシュッとしてたんだよね。
——赤べこが違う姿だったとは!ちょっと衝撃的なお話です。
中村 古い方の赤べこも大切にして欲しいんだ。そこに辿り着いた歴史と意味があるからね。でも時代の流れで作られるようになった今の赤べこも大切にして。とにかく、赤べこそのものがこれからも残っていくことが大切なことなんだよ。
地元の材料を使い、地域の風習に根付いてこその郷土玩具
——それは流行によって、デザインが変わってしまったのでしょうか。後継者がいないことが問題なのでしょうか?
中村 ブームになったことで継ぎたい若い人が出てきてはいるよ。でも、“郷土”玩具という名前が示すように、地元の人が、地元の廃材を使ったエコ商品というのが本来の姿。それが今は材料も他の地域から買い付けないといけない状況になっている。
加えて、伝統はウケるという下心で手を出す人もいるんだ。最初は好きだからって真似して作っていた人が、いつの間にか郷土玩具を作って独自のデザインで販売しているなんてことも、少なくないんだよ。自分は郷土玩具作家だって言ってね。
——出来上がったその商品は、郷土玩具なのかどうか。判断が難しいですね。
中村 郷土玩具は、地元の材料を使うことで、地域の特徴がでるもの。そもそも郷土玩具の郷土とはなにか、厄除けなどの風習のために作られてきたものという起源を忘れてしまっているよね。
——うう、心が痛いです。とはいえ!かわいさで買ってしまうのは止められません。
中村 入り口として「カワイイ」というのはいいと思うんだ。その後が問題なんだよ。
渋系〜かわいい系まで。中村さんの圧巻のコレクションを拝見
——かわいさは入り口としてOKと言っていただけて安心しました(笑)。ではせっかくなので、カワイイをたくさん紹介してください!
中村 これはほんの一部なんだけどね。
——ぎっしり!!!
中村 これは山口県岩国市で今も作られている石人形。錦帯橋がかかっている錦川が氾濫したときに人柱になった姉妹が、石人形になって人々を災害から守ると言われているんだ。
——しぶかわいい!年を重ねると、なぜか人は石に萌えるようになると聞いたことがあります。まさにそういった人に刺さるアイテムですね。
中村 小石を人間がくっ付けて人形にしたように見えるけれど、実は錦川に棲むトビゲラという生き物が小石をくっつけて巣として使っていたもの。自然が作った産物で、それが人形のような形になっているから石人形として名物になったんだ。
錦帯橋のお土産だったけど、今はもう売っていないかも知れないなあ。商品についている案内に書かれた住所に行けば、まだ買えるかもしれないけどね。
次は土人形で、歌舞伎をモチーフにした大きいものが多い。今は張子やおもちゃっぽいもの、小型のものが人気があって、土人形はあまり人気がないんだ。それは、土人形の題材が分からないからだろうね。歌舞伎や昔の本を見たり読んだりしていないからだね。残念です。
——えー!そうなんですか。これもしぶかわいい系で、年を重ねた大人が萌える世界な気がします。鳩笛は若い子にも刺さりそうなかわいさ満載ですね。
中村 鳩笛は小さいし、かわいい。いつでも人気だね。
——こっちのかわいいアイテムは何でしょうか!?
中村 これなんかはね、僕が田舎にいる頃、1個10円くらいで縁日で売られてたんだよね。愛知県で作られてたものだと思うんだけど、坂におくとぴょこぴょこ移動していくんだ。「ぴょんぴょん馬」って呼んでたんだけどね。高校生の頃、神社の祭り開始の花火が上がるのをみかけたら自転車で花火に向かって走って行って、これらを買い集めていたんだ。
——かわいい……!このケースもかわいい!!
中村 これ100円ショップの箱に、自分で絵を描いたんだ。
——すごい!集めるだけじゃなく、描くものもかわいさを極めていらっしゃいますね。紹介しきれないほど数ある中でも、思い入れのあるものがあれば教えてください。
中村 浜松の有名な郷土玩具「酒買いだるま」や「鳥神楽」だね。こっちは酒買いだるまなんだけど、手にお魚と大福帳を持ってるんだ。今は5代目がやってて、これは3代目の作品なんだ。
「鳥神楽」は浜松の愛好家の会報誌の名前にもしているほどなんだけどね、モチーフとなっているのは新潟の「角兵衛獅子」なんだ。頭に獅子をかぶっているだろう?
——かわいさに興奮しすぎて息が上がってきました……(笑)!
中村 もうひとつ、近くに部屋を借りて、そこにも郷土玩具を保管してあるよ。
——す、すごい!人がひとり、ようやく通れる程度の隙間しかないですね……どうやって出し入れしているのか気になります。状況や歴史への造詣の深さと、コレクション熱を垣間見ることができました。
郷土玩具は滅び行く?カワイイの先に見据えたいもの
——これからの郷土玩具は、どうなっていくと思いますか。
中村 滅びゆくんじゃないかという気はしますね。
——!?これだけ根強い人気があるのに意外です。
中村 なくしちゃいかんという気持ちも強いけど、そのために尽くすというのも違う気がする。無理矢理残してもね。消えゆくが故に魅力があるのかもしれない。
——何が何でも残そうとしても無理が生じるということなんですね。
中村 フィギュアなんて数百円で買えてしまう。そうするとオリジナルの作品は、みんな買わないんだよね。だから、今これを買えば、作っている人たちは1日飯を食えるんだと、紹介するようにしているんだ。
——自分にとって趣味でも、作っている人たちにとっては生業ということですね。
中村 本当に残って欲しい、買いたいなら、制作者の元へ訪ねていけばいい。でも今は、みんな訪ねていかないんだ。
——なるほど。お話を伺って、かわいい、飾りたいから一歩先に踏み込んだとき、伝統を繋いできた人々や歴史にまで思いを巡らせるようになりたいと思いました。
今日はどうもありがとうございました!