「猫の日」はいつか、ご存知でしょうか?日本では猫の泣き声にちなんで2月22日となっていますが、アメリカは10月29日だったり、ロシアは3月1日だったりなど、各国によって違いがあるそうです。
その中でも代表的なのは、動物愛護団体の国際動物福祉基金が International Cat Day として定めた8月8日。日本ではお盆にさしかかる時期ですね。
猫とお盆がどう関係するのか?興味深いことに、なんと盆踊りには「猫」の名を冠した踊りが存在するのです!そこで、今回は岐阜県郡上市で行われる郡上おどりと白鳥おどりで親しまれている、「猫の子」という曲について紹介していきます!
郡上おどりとは?
「猫の子」の舞台となるのは、岐阜県中部の北濃地域に位置する郡上市。その中心である郡上八幡は、江戸時代の面影を残す城下町や町中を流れる水路に代表される情緒あふれる町並みが特徴で、「水の都」や「奥美濃の小京都」とも呼ばれています。
そんな郡上八幡で毎年の夏に行われるのが、郡上おどり。およそ400年以上にわたって踊り続けられていると言い伝えられており、今日では徳島県の阿波踊りと秋田県の西馬音内盆踊りとともに「日本三大盆踊り」と称されます。
特筆すべきは、開催期間の長さと曲の数。毎年7月中旬から9月上旬にかけて30夜以上に渡って開催されることもあり、郡上八幡の夏を代表する風物詩となっています。特に「徹夜おどり」と呼ばれるお盆 (8月13~16日) の期間中に、全国から集まった18万人以上の参加者が夜明けまで踊り続ける光景は圧巻です!
そして、もう一つの特徴である曲の多さ。今日の郡上おどりはテンポや振り付けが異なる10曲で構成されており、長時間「飽きることなく、疲れることなく」踊り続けることができる秘訣です。輪の中に入って、周りの踊る姿を真似ながら踊れば、あっという間に時間が過ぎること間違いなし!
次に、10種類の中でも比較的マイナーでありつつも、非常に特徴的な「猫の子」について、詳しくみていきましょう!
「猫の子」の由来は?歴史を深掘り!
郡上八幡観光協会のホームページでは、旅館の会席料理において煮物や焼き物の後に強いてもう一品おすすめする「強肴(しいざかな)」に例えられている「猫の子」。小規模な出張公演では基本的に演奏されず、また徹夜おどりでも中盤以降から登場するので、郡上おどりを体験したことがあっても聞いたことがない人もいらっしゃるのではないでしょうか。
本曲には三味線や太鼓による伴奏はなく、音頭取りの透き通った美声が、踊り手の手拍子と下駄の音と共に夜空を響き渡ります。
郡上おどりといえば代表的な「かわさき」、そして軽快な踊りが特徴的な「春駒」が挙げられますが、「猫の子」にはこれらの曲とは一線を画す特徴があります。それは、他の曲とは来歴が全く異なることです!
伊勢音頭が原型の「古調かわさき」、名古屋から伝えられたお座敷歌である「郡上甚句」など、基本的に郡上踊りの曲は、流行歌や地域外の歌が流入・定着したものがほとんどです。また、鯖売りが越前(福井県)から峠を越えて売りに来た際に伝わった歌が原型とされる「春駒」を除き、基本的には南方から伝播しています。
それに対して、「猫の子」のルーツは郡上八幡の北に位置する白山麓で歌われていた民謡。古くから、郡上地域の農民は副業として養蚕(ようさん)を行っており、蚕を食い荒らすネズミを退治するために、猫が飼われていました1。この猫の動作を若者が真似て即興的に踊り唄ったことで、盆踊り唄として転化したと考えられています2。
歴史上、白山は山岳信仰の対象であり、全国から修験者が登拝のために訪れていました。16世紀以降、白山信仰は衰退の一途を辿りましたが、今日でも白山周辺や郡上市北部では数多くの白山神社を目にすることができます3。
しかし、郡上八幡には13もの寺が存在し、それらの多くが浄土真宗であることからも分かるように、白山麓とは異なった文化圏が構築されていたのです。
とはいえ、「猫の子」は郡上踊保存会設立直後の1923年に作成したパンフレットに名を連ねていることからも、比較的早い時期から郡上おどりの種目として定着していることが窺えます4。すなわち、「猫の子」は郡上の中心部と北部の間に文化的交流があったことを裏付けできる、貴重な存在なのです。
次は、「猫の子」の歌詞と踊りを見てみましょう!
*1 曽我 孝司「郡上踊りと白鳥踊り -白山麓の盆踊り-」2016: 27.
*2 郡上おどり保存会「郡上おどりの本」1998: 10.
*3 白石博男「白鳥踊りの歴史|白鳥踊り保存会50年史」1997: 37.
*4 郡上市「郡上市歴史的風致維持向上計画」2019: 70.
歌詞と踊りを大胆考察!
「猫の子」という名の通り、やはり最初は猫に関する歌詞で始まります。
猫の子がよかろ 猫でしやわせネズミョ捕る
猫がねずみ取りゃいたちが笑う いたち笑うな我も捕る
やはり、猫を飼っていた経緯から、蚕が登場するのも不思議ではありません。
桑もよう咲けお蚕もよかれ 若い糸引きょ頼まずに
繭(まゆ)はよう立つ糸目はとれる 廻る見番色男
さらには、男性を猫に例えている歌詞も。
ゆんべ夜這人(よばいびと)が屋根から落ちて 猫の鳴きまねして逃げた
夜にある家に忍び込もうとしたら失敗し、とっさに猫の鳴き声でごまかそうとしたという、微笑ましい(!?)シーンを歌っています。
全体で見ると、歌詞のおよそ8割は恋などといった、猫や蚕に関係のない内容です。とはいえ、いずれも字足らずや字余り、そして方言が随所にみられるなど、非常に興味深い歌となっています。
踊りに関しては、子猫の愛らしい所作を取り入れたとされ、足腰を奔放に動かす軽快な動きが特徴5。しかし、以前筆者が郡上八幡博覧会で見学した郡上おどり実演会での説明によると、猫に見えない様に踊るのが正しい踊り方だそう。
ところが、夜の会場では「フゥー」という掛け声が上がったり、猫の仕草を踊りに忍び込ませるなど、現場では「悪い猫」がたくさん出没します。さらに、下の動画では、3:57あたりから音頭取りが「にゃにゃにゃー」と歌うシーンがあることからも、郡上おどりの中では最も遊び心が見られる曲ではないでしょうか。
踊り自体も手の動作が複数存在し、また足運びも前に進むタイミングがなかなかトリッキー。徹夜おどり以外では毎晩1、2回しか演奏されないことも相まって、見かけ以上にマスターするのが難しいかもしれません。
最後は、郡上市の白鳥で行われている盆踊りでの「猫の子」について、紹介していきます!
*5 五代利助「郡上おどり(下)ー三大盆踊は十種目もー|日本の民謡H20年12月号」2008: 8.
郡上八幡だけじゃない!白鳥おどりの「猫の子」
実は、「猫の子」と呼ばれる盆踊り歌が存在するのは、郡上八幡だけではありません!
「猫の子」のもう一つの舞台は、奥美濃のもう一つの中心地であり、郡上八幡から北方20キロに位置する白鳥。この地域では白鳥おどりと呼ばれる盆踊りが伝承されており、7月上旬から9月下旬の間に20夜以上に渡って行われます。今日では8つの踊り種目が存在し、その一つが「猫の子」です。
白山麓に隣接していることもあり、曲の由来は郡上おどりの「猫の子」と同じであるだけでなく、節回しにも多くの共通点が見られます。しかし、決定的に違うのがお囃子、歌詞、そして踊り。郡上八幡では伴奏がつきませんが、白鳥では横笛と三味線、そして太鼓が音頭取りと共に踊り会場を盛り上げます。
歌詞に関しては、最初の2句は郡上おどりと非常に似ています。
誰もどなたも猫の子にしよまいか 猫は良いもの鼠捕る
猫が鼠捕りゃいたちが笑う いたち笑うなわれも捕る
いずれも猫を称えていることからも、歌のルーツが同じだということを再確認できます。
しかし、以降は白鳥の名所を取り上げる「地元自慢」が主幹をなし、最後は
唄で聞いたか踊りで見たか 美濃の白鳥良い所
という決め台詞(!?)で終わります。
そして踊り。足運びが異なるのはさることながら、手の動きに猫の仕草が取り入れられているのが大きな違いといえます。特に腕を上げる部分で、猫を真似て手首をクルッと回す動作は白鳥ならでは。郡上八幡と白鳥では全く異なった雰囲気を味わうことができることも、「猫の子」の魅力の一つと言えるかもしれません。
おわりに
いかがでしたか?残念ながらコロナの影響により、今年は2020年に続いて郡上おどりが日程縮小・オンラインライブ開催のみ、そして白鳥おどりが開催中止になってしまいました。来年こそは、ぜひ郡上を訪れて、両方の「猫の子」を楽しんでみてはいかが?