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2023年は4年ぶり制限なし開催 ユネスコ無形文化遺産 長野の「新野の盆踊り」。夜を徹し、生歌が響く盆踊り

2023/10/19
2024/3/5
2023年は4年ぶり制限なし開催 ユネスコ無形文化遺産 長野の「新野の盆踊り」。夜を徹し、生歌が響く盆踊り

生歌のみで歌われる音頭や、扇子を使った踊りが、素朴でありながらも力強い新野の盆踊り。長野県南端の阿南町で、三晩徹夜でおこなわれます。2022年にユネスコ無形文化遺産に登録された「風流踊」の中の一つ、特色豊かな「新野の盆踊り」をレポートします。

響く歌声のなか、扇子を片手に揺れ踊る

百名ほどの大きな輪が櫓を囲む

台風直前、山あいの商店街に提灯の灯りがずらっと並ぶ。その奥の方から唄声が聞こえてきた。新野の盆踊りだ。間もなくやってくる台風の影響が心配されていたので、開催されるだろうかと懸念していたが、新野を訪れる予定の人に台風が近いが開催されるだろうかと伺ったところ「新野(の盆踊り)は止めないことを大事にしてるからね、踊るだろうね」と言っていた。会場に到着すると、わたしの心配をよそに、既に百名ほどの人がひとつの輪になり、扇子を持ってゆったりと揺れ踊っていた。

新野の盆踊りとは

音頭取りが上がる櫓

新野の盆踊りは、楽器も、録音したCDやテープも使わず、肉声だけで夜どおし踊り続ける盆踊りだ。櫓の上にいる5〜6人の音頭取りの唄に応えるように、櫓の下で踊る人々が続く歌詞を唄い返すという具合だ。

扇子を片手に踊る

踊りは、扇子を持って踊る「すくいさ」「音頭」「おさま甚句」「おやま」と、手踊りの「高い山」「十六」「能登」の7種類*1。現地ですべての歌詞を覚えるのは至難の技だが、商店街のお店で販売されている踊り用の扇子に唄の文句が書かれていたので、わたしはその歌詞が登場するのを待ちながら踊った。

盆踊り唄の文句が入った扇の一例 写真提供:小野和哉

長い徹夜のなかで何度も繰り返されることで耳に残るフレーズやかけ声もある。踊りに慣れた頃に一緒に歌ってみる。声でいっそう一体となった踊りの輪は、なんとも心地がいい。

雨が降り出すも、踊りは止まない

雨は降ったり止んだりを繰り返す

大粒の雨は降っては止んでを繰り返した。だが、屋根がある櫓の上で踊る音頭取りは唄い、踊るのを止めない。櫓の周りで輪になる踊り手たちは雨足が強くなってくるとスッと輪から離れ、商店の軒下に入り雨をしのぐが、その軒下で歌と手踊りを続ける。見渡してみると、この商店街には軒やベンチが多い。こんな天気でも踊り続けられるようにとの計らいのようにみえる。雨に打たれながら踊り続ける人もいる。開始のアナウンスや休憩もないため、ほんとうに踊りが止むことがない。

雨足がかなり強くなっても、みな軒下で歌い踊る

資料によると、「終戦を迎えた昭和20年の8月15日、村の実力者が盆踊りの中止を申し渡したが、盆踊りは娯楽ではなく先祖の供養だといって、若者たちは踊りつづけた」(小川、1999年、p.74)そうだ。雨のなか、アスファルトに反射する提灯の灯りと揺れる身体が美しい。

永遠と続くかと思われた踊りの終わり

傘をさして踊り続ける人も

櫓は盆踊りのあいだ商店街の中央に祀られる「市神様」の前に建てられる。踊りの神様だ。踊り手たちは盆踊りの期間中、この踊り神様に取り憑かれるため踊り続けるという。*2

櫓の後ろに佇む市神様(写真左下)

わたしが訪れたのは盆踊り二日目である15日だ。最終日の16日は、翌17日の明け方まで踊って、新盆の家々が持ち寄った大きな切子灯籠が櫓からおろされる。切子灯籠を下げて行列し、西方の「お太子様」へ向かう。その前で「和讃」を唱えた後、行列が踊りの場へ戻ってくると、列が通過したところから踊りを止めなければいけないことになっているが、小さな踊りの輪が行列を「通せんぼ」する。最後の最後まで踊り続けることで祈りが隅々の精霊に届くのだろう。

2019年開催時の神送りの様子 写真提供:小野和哉

だがここで踊りをやめないと、次のお盆まで踊りをやめられなくなるという。行列は道を開けながら踊り神を送る東方へ向かい、地区の境目となる場所に到着する。そこに積み上げられた灯籠に火をつけて燃やす。一同は「秋唄」をうたいながら、後ろを振り帰らずに帰らなければならない。振り返ってしまっても、一年じゅう踊っていなければならなくなるといわれている。永遠と続くかのように思える踊りはこうして幕を閉じる。

夜明けにしっとりと光るアスファルト。まだまだ歌声が聞こえる。

徹夜踊りは朝6時まで続くが、台風が近づいていて帰路の運転が心配されたため、わたしは最後までいることを断念し、5時には新野を後にした。空が白みはじめても依然として止まない唄声に後ろ髪を引かれる。帰宅した頃には窓の外で台風の風が唸っていた。ぐったりと横になったときに聞こえた台風の低い声が、新野で聞いた唄声と重なった。まどろむ意識のなか居場所があいまいになるような、すこし精霊の側に近づいているような感覚になりつつ、盆踊りの余韻を感じた。新野の盆踊りは明日も続く。

<参考文献・引用>
*1新野の盆踊り、http://www.town.anan.nagano.jp/tourism/niino_bonodori/、阿南町、2023年9月1日閲覧
*2 小川博司「長野県新野の盆踊り」『季刊民俗学』23(3)(89)、pp.66-79、1999年
後藤兵衛「新野の盆踊りに就いて」『伊那』8(8)(387)pp.25-32、1960年

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