空へ突き抜けるような煌びやかな城郭灯籠。夏の空を赤々と照らすその迫力は、夢か現実かを曖昧にさせるほど、強烈な魅力を放っている。
秋田県能代市の「能代七夕 天空の不夜城」が2023年8月2日~3日に開催された。実際に現地を訪ねた、8月2日の様子を振り返っていこう。
日本一の城郭灯籠、圧巻の七夕行事
「天空の不夜城」の名前の所以でもある超巨大な城郭灯籠。高さ日本一の「愛季(ちかすえ)」が24.1m、「嘉六(かろく)」は17.6mとなっている。2016年にゆずの東京ドームコンサートに登場するなど、年々その知名度を高めているのでご存じの方もいることだろう。
制作された巨大灯籠は保管場所がないため、毎度組み立てと解体を繰り返している状況だ。また、先述の灯籠に加えて能代若2基、太鼓台車も登場し、夜の街を盛り上げる。
当日の祭りの日程は、
18:00 手踊り等
18:20 オープニングセレモニー
18:22 挨拶、音頭上げ
18:30 出発
19:40 ふれあいタイム
20:20 整列、揃い打ち、点灯式
20:35 格納開始
という流れで行われた。
能代七夕の歴史は?
それにしてもなぜこのような灯籠が作られるようになったのか。その起源は阿倍野比羅夫(あべのひらふ)や坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)が行った蝦夷との戦いの際に、夜の川に灯籠を流したことに由来する。阿倍野比羅夫の時代を考えると今から約1300年以上前の話だ。
ただし、巨大な灯籠が作られ始めたのは江戸時代以降の話。天保時代(1830年~1844年)に大工の宮腰嘉六が制作した名古屋城を模した城郭型灯籠(後の「嘉六」)が好評で、以後これが制作されるようになった。しかし、戦後の電気の普及により電線が張り巡らされて一時、7~8mにまで灯籠の高さが制限された。
その後、観光の盛り上げの機運が高まり、国道101号線の電線地中化が成功し、1世紀の時を経て、2013年に17.6mの城郭型灯籠「嘉六」が復活。翌年の2014年には、中世能代を治めた檜山城城主、安東愛季の武者絵巻が描かれた日本一の高さの城郭灯籠「愛季」が完成した。その高さは24.1mと、ビル4階分ほどの高さに匹敵する。これらが練り歩く2日間は、今では東北有数の夏祭りとして市内外の来場者で賑わう。
※「嘉六」「愛季」は能代七夕 天空の不夜城 協議会が命名。
「天空の城」が、夜の街を照らす
では、8月2日の現地の様子を振り返っていこう。会場である能代市の中心市街地に向かうと、18時ごろから地元のダンスチームの踊りが始まった。元気よく踊る姿がとても印象的だった。
向こうに見えるのは、巨大な灯籠の能代若や嘉六!遠目に見てもその大きさが十分に伝わってくる。ここから秋田県能代市 国道101号(市役所入口交差点~通町交差点)沿いに練り歩きが始まるのだ。
挨拶と音頭上げが行われ、子供達の元気な声が響いた。
日も暮れてあたりは薄暗くなってくる。嘉六に灯りがともり、色あざやかな灯籠が徐々にその姿を現しはじめた。
ショッピングモールの上に登ると、自分の目線の高さにその姿があり驚きである。
この巨大灯籠をひいているのは地域の子どもたちだ。地域の力自慢はきっと大活躍だろう。
嘉六の装飾を詳しく見てみよう。金魚や牡丹の花など、美しくて縁起が良さそうなモチーフが描かれている。
こちらは能代若である。
上を見あげると、名古屋城にもつけられていることでも有名なしゃちほこが!
暗闇の中を、どこか力強く照らしてくれているように思える。
そしてこちらが、天空の不夜城の象徴であり、日本一大きい城郭灯籠ともいわれている「愛季」である。本物のお城の天守閣が色とりどりに飾られ、そして動いているようにも思える。この巨大な光る城は、能代の街を煌々と照らしている。
「愛季」の足元で踏ん張り、この大規模構造物を動かしているのは、なんと子どもたちである。「曲がるよ!」などと掛け声をかけながら、協力して進む姿には非常に心を動かされる。
愛季の装飾についても見てみよう。なんとこの灯籠には御神体がのっているのだろうか。神社の鳥居が描かれている。その手前の黄色い龍の造形もかっこいい。武者絵も描かれており、とにかく勇ましい印象を受けた。
その一方で、この巨大灯籠の四方には蝶が止まっており、可愛らしさと華々しさを添えている。
そして、こちらが能代若の2基目である。しゃちほこ型というよりは、天に高く伸びる造形が象徴的だ。
さて、一通りの練り歩きが完了すると、再び巨大灯籠は引き返してきて、「ふれあいタイム」となった。
担い手が鉦や太鼓を打ち鳴らしながら、それに合わせて一般来場者も演奏してみたり、のってみたりと地域のウチとソトの交流が行われた。とても楽しそうに騒ぐ若い人々の姿が印象的だった。祭りはやはり交流が大事であることを再確認した。
それから、ふれあいタイムでは、天空の不夜城の巨大灯籠をバックに記念撮影をする人も多くみられた。間近でその迫力を体感するよい機会である。
それにしても美しくて、とても大きい。最後に、クライマックスとして、巨大な灯籠の点灯式が行われた。一瞬、すべての灯籠の灯りが消えて、周囲は真っ暗に。そこから順番に巨大灯籠が点灯していき、その度に大きな歓声が上がっていた。
盛り上がりは夜遅くまで続いた。巨大灯籠の格納を開始した後も、それについて歩くものや、屋台で食べ物を買い込んで、路上に座り込み、話しながら夜ご飯を頬張る姿も印象的だった。
21時を過ぎ、私も国道101号線沿いの会場を後にした。
夢の中に迷い込んだような祭り
巨大な灯籠は能代の素朴な雰囲気も相まって、完全に観光化されたお祭りとも違う気がした。地元のノリも見られてただ単に観光客に見せようというお祭りよりは、自分たちがまず楽しみ尽くすという想いを感じることができた。
それにしても、この祭りの象徴となる、巨大灯籠は本当に美しくきらびやかだった。この世のものとも思えない、夢の中に迷い込んだような感覚になった。東京からかなり遠く、来客にとっては秘境と感じる人もいるかもしれない。このような場所に立ち現れる非日常空間でこそ、祭りの本当の意味に迫ることができるようにも思えた。