山梨県甲府市小瀬町で、毎年4月10日の直前の日曜日に行われている、とてもユニークな人形芝居をご存じでしょうか?「天津司舞(てんづしのまい)」といって、その重要性から昭和51年(1976年)に国の重要無形民俗文化財の第一号に指定されています。
およそ800年の歴史を持つとされる天津司舞ですが、江戸時代や明治以降に水害や戦争によって何度も長期休止を余儀なくされました。近年は、新型コロナウイルスの影響を受けながらも、保存会を中心に人形遣いやお囃子の技術を、祖父から父へ、子や孫へと大切に引き継ぎ、いよいよ今年2023年は、4月9日(日)に行われることが決まっています。
ここからは、過去の現地レポートをお届けしますので、ぜひ現地を訪れるときの参考になさってください。
天津司舞は唯一無二
山梨県甲府市小瀬町。甲府盆地の中央、低湿地からなる稲作の盛んなこの地に日本最古と称される人形芝居があります。天津司舞。鈴宮諏訪神社並びに天津司神社の伝統芸能です。
花桜の時期、平安時代から続く歴史深い人形が田楽舞を演じます(田楽とは平安時代から流行した、稲作にかかわる行事や祭礼などから生まれた歌舞)。
人形が演じる田楽はとても珍しいとされ、現在では日本の他の地域ではほとんど見られない大変貴重な伝統芸能として重要無形民俗文化財に登録されています。数は9体、背丈より一回り小さい人形を用いて、当日は天津司神社から隣町の下鍛冶屋町を練り歩き、諏訪神社に着いたあと舞が披露されます。
天津司の語源から知る歴史
天津司の語源は「テグツ」が変化した言葉とされ、「手傀儡(てくぐつ)」の意味であると考えられていた一説があります(甲斐名所図会より)。手傀儡は操り人形を使って人形劇を行うという意味です。
傀儡は傀儡子(くぐつし)と書かれることもあり、傀儡子とは諸国を旅しながら芸能によって生計を立てる旅芸人集団です。平安時代にはすでに存在していたとされています。
傀儡は現在の中国西域を起源とし、朝鮮半島を経由し日本へ入ってきたものと考えられており、天津司舞は手傀儡の操り人形に地域の文化が田楽として加わった形だという説もあります。
言葉1つ取っても、天津司舞は時代だけでなく、大陸を渡り文化の垣根を超えた画期的な文化であったことも推測されます。今でも、人形が田楽を踊るのは珍しいとされ、貴重であることを思うと、色あせない天津司舞の凄みを感じます。
当日の様子
当日は正午少し前に始まり、14時頃に終わります。
まずは、天津司神社にて人形を迎えます。
人形が拝殿から出てくる順番は決まっており、初めの6体は笛や太鼓、ささらなどの楽器を持つ人形、その後に剣を持つ御鹿島様(おかしまさま)、朱色の着物に身を纏った御姫様、白装束の鬼様と続きます。
この時はまだ顔をあらわにせず、顔面は赤い布で覆われています。
顔を隠した様子は怪しげである反面、簡単に素顔を見せない平安時代の奥ゆかしい文化に美しさを感じます。
春風に淡い色の装束をなびかせながら現れた人形の姿は優雅で、柔らかい気品が漂っていました。近くで見ると手の表現がとても繊細であることがわかります。何気ない動きが人の仕草であるように生き生きとしていました。
9体揃うと、隊列になり1kmほど離れた諏訪神社へ向かいます。太鼓や笛の演奏と共にゆったりと進み、広大な面積を持つ小瀬スポーツ公園を通り抜けていきます。
この経路、昔は田んぼのあぜ道だったそうです。現代を象徴するような公園を平安時代から続く人形文化の行列が通る様子は、時代の変化を身近に感じる光景として深く思い出に残りました。
諏訪神社へ到着すると、隊列は社殿前に並びお祓いを受けます。その後、境内に建てられた御船囲(おふねかこい)と呼ばれる幕で囲まれた円形の舞台内に入り、その幕内で太鼓や笛の音に合わせ人形の田楽舞が披露されます。観客は御船囲の外側に立ち、囲むようにして幕の上に見え隠れする人形の舞を観覧します。
舞は反時計回りに周回しながら行われ、最初の3周は御舞と呼ばれる静かな舞で4周目から御狂(おくるい)と呼ばれる動作も音のテンポも早くなる激しい舞が3周行われ、再び静かな舞へ戻り、計9周したところで次の人形へと代わります。
舞の種類は、2体1組の舞が4種、1体のみで行われる舞が1種で合計5種あります。人形の顔を見ることができるのはこの舞を披露している間のみ、舞の終わった人形は即座に赤い布で顔を覆われます。
初めてあらわになる人形の表情は、にこやかに微笑む者から、威厳のある者、美しい姫様や赤ら顔の鬼様と様々で、人形が幕の上に顔を出すたびに胸が弾みます。笛や太鼓が奏でる特徴的な音色に合わせて上下に跳ねるようにして踊る様子は愛らしく、人形も満開の桜の下で年に一度の舞を楽しんでいるようにも見えました。
会場は子供から大人まで幅広い層が集まり賑わい、「御狂の舞」には手拍子がおきます。一番盛り上がったのは、剣を持った人形、御鹿島様が舞の途中で木製の小太刀を観客の方へ投げ入れた時でした。子供達が慌てて小太刀を拾い上げる様子や大人達がにこやかに見守る様子は、楽しげで情緒があり、昔から親しみ愛されてきたお祭りであることがよく伝わってきます。
舞終わると、御船囲から出て再び隊列をつくり天津司神社へと帰っていきます。
名残惜しげに行列へついて歩く人々もいました。楽しい時間はあっという間に終わってしまします。
こうして多くの人々に見守られ、大切にされてきた天津司舞。
奥ゆかしい平安時代の人形は、また来年へと向けて眠りにつきます。
2023年の天津司舞
■開催日:2023年4月9日(日) ※4月10日直前の日曜日
■開催場所:天津司神社(小瀬町)~鈴宮諏訪神社(下鍛冶屋町)
※詳細は甲府市公式サイトの観光情報のページなどでご確認ください。