鹿児島県最南端、与論島。中秋の名月が顔を出す夜、薩摩の南国で琉球の血を引くお祭り、与論十五夜踊りが開かれる。五穀豊穣、島中安穏の祈願や感謝の意味が込められた、室町時代から続くお祭りである。踊りは「2番組」と「1番組」と呼ばれる2つのグループで構成されている。今回は、その1番組の踊り手、黒田さんに話を聞くことができた。(国指定重要無形民族文化財与論十五夜踊り保存会会長 黒田茂實さん)
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1番組の踊り手、黒田さん
日が沈みかけ、あたりが黄色い西の光に包まれる祭りの中盤、会場の人々が打ち解け合う休憩時間ある。酒や食事、無事に祭りが開かれた喜びに盛り上がる会話、月を祝って配られる温かいお餅、賑やかな時間が流れていた。
島の人々は温かく、お酒を飲まないか、どこから来たか、楽しんでいるか、と声をかけてくれる。初めてこの地を訪れた心細い人間にとって、何気ない一言が心底嬉しい。自分も心をうんと開いて帰ろう、そんな思いがした。
1番組の待機場所、ゴザの上にあぐらをかき、酒を片手に、行き交う人々の様子を一心に見つめる姿があった。黒田さんである。その一際威厳ある姿に、突然話しかけていいものか少々ためらいを感じたが、声をかけてみると「東京からありがとう!存分に楽しんでいって!」と気さくに迎え、お酒を注いでくれた。
私「今年の十五夜踊りはどうですか」
黒田さん「とても盛り上がっているよ!去年より人が多いように感じるねえ」嬉しそうにクイっと酒を飲む。
私「観客席には大漁旗がいくつも飾ってありますね。1番組の踊りの中にも島中安穏と書かれた旗が出てきました。島ということで、願いはやはり大漁であるように感じましたが、どんな思いが込められているのでしょうか」
黒田さん「島だからねえ。海のもの沢山採れます。おかげで健康でいられる。ありがたい恵みに感謝する思いがあるね。大漁を願うのはもちろんだけど、」何か秘密があるように、ニコニコと笑みを含み言葉を止める。
つられてこちらも笑顔になると、黒田さんは種明かしをするように無邪気な表情で面白いお話を聞かせてくれた。
大漁旗の秘密
黒田さん「今、1番2番とあるけれど。元々古くから島にあった文化が2番踊りでねえ。1番というからこちらが昔からあるように思う人もいるけれど、島の踊りというと今の2番踊りのことでその後に加わったのが1番組の踊り」ややこしいでしょう、と言って笑う。
2番踊りは、元々島にあった踊りに琉球から学んだ染物や唄の文化が加わり今の形になったそうだ。頭に巻いたシュパという色鮮やかな染物を風になびかせ踊る姿は、優雅で美しい。
黒田さん「この島はねえ、古くから琉球王国と親交があって使いを送って文化を学んでいたんだよ。ある日その使いが大漁だ!と言って持ち帰ってきたのが、今の一番踊り。娯楽といったら踊りしかなかったところに笑いの文化が初めて伝わった。この島にすごいものを持って帰ってきたぞ、笑いの大漁だ!ということで大漁旗。1番組はお笑い芸人です」そう言って威勢良く笑い、後半へ向けて踊りの準備を始める。
大漁旗から思いがけない話を聞くことができた。
楽し気に話をしていた黒田さん、衣装が整い大きなお面を手に持つと踊りへの意気込みを感じる真剣な面持ちに変わる。人を笑わせること、真剣で大切な文化であると身を以て教えてくれているかのようであった。
祭りを終えて
お祭りが終わり、素晴らしい踊りを見ることができた喜びと感謝を黒田さんに伝えると
「島の人もそうでない人も、外国の人もいた。会場にいる全員が1つの輪の中に入って盛り上げてくださるところが好きだねえ。このお祭りの良いところ」と十五夜踊りへの思いを伝えてくれた。
私「黒田さんにとって与論島はどんな島でしょうか」
黒田さん「人々のぬくもりや思いがあって、気持ちが一つになれる島だと思う」
最後は会場にいる全員で唄って踊る。優しく包み込んでくれるような温かさのあるお祭りだった。
私「黒田さんが誇りに思うことはどんなことでしょうか」
黒田さん「周りが20kmほどの島に十五夜踊りが継続され踊り継がれてきたことが島の宝だね。今年で458年になる。平成29年の11月17日、平成天皇皇后陛下に踊りを見ていただいたことが誇りになっているよ」
練習を重ね、完璧な踊りを披露したい。と次回への意気込みを語り最後となった。
1年で最も月が美しい夜、十五夜。
与論島に笑いの大漁旗があがる。