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冬の長岡花火!雪しか祭りで感じた「長岡」らしさ

更新日:2021/3/9 佐藤 みずほ
冬の長岡花火!雪しか祭りで感じた「長岡」らしさ

信濃川左岸のにぎわいエリア、千秋(せんしゅう)

復興祈願花火フェニックスを筆頭に、視界を埋め尽くす大輪の花火で知られる、8月の長岡まつり大花火大会。その会場となる信濃川の河川敷で、季節はちょうど真逆の冬に打ち上がる「長岡花火」が「長岡雪しか祭り」の雪花火です。

2月中旬の土日に2日間開催される雪国・越後長岡の雪の祭典は、2021年で36回を数えます。新型コロナウイルス感染症対策として、「雪の女王」を決めるコンテストの中止など規模を縮小、2日目は新潟県民限定イベントとして開催するなど、徹底した感染拡大防止対策がとられていました。

ただ、1日目の雪花火については、野外開催でもあり、新潟県民に限定されていないとのこと。チケットも不要で、密にならないように注意しながら、会場周辺でゆっくりと見上げることができました。

ところで「雪しか」とは?

新潟県内に住んでいても、その意味を知っている人はさほど多くないかもしれません。私も、会場でのパネル展示で勉強になりました。答えは後ほど。

1日目の2月20日の夕方、森に広がる温かな雪あかりと雪花火のコラボレーションをカメラに収めようと、雪しか祭りの会場、長岡市信濃川左岸(西側)の千秋(せんしゅう)エリアに来ました。

雪しか祭りの屋内会場でもある大型展示場のハイブ長岡を始め、あたりにはコンサートホール機能を持つ長岡リリックホール、新潟県立近代美術館などが立ち並ぶ文化ゾーン。映画館と連結した大型商業施設・リバーサイド千秋(アピタ)が立地することもあり、イベントがなくても、土日には必ずにぎわうエリアです。

上越新幹線が乗り入れる長岡駅とは、信濃川を挟んで対岸に当たり、夏の長岡まつりでは、長岡赤十字病院がそびえるあたりと考えるとイメージしやすいでしょう。

当日、新潟県内でも春一番が吹いたと地方気象台が発表したものの、豪雪地帯でもある中越はまだまだ雪景色。記録的な寒波が襲来した今季の豪雪は、しっかりと積もっていました。

午後6時から開始の花火を待って、まだ暗くならないうちにと、会場一帯を少し歩いてみます。

長岡リリックホールと新潟県立近代美術館、花火会場の千秋が原ふるさとの森をつなぐ空中回廊スカイウェー。地元フィルムコミッションの誘致もあって、映画のロケにも使用されたと記憶しています。かつて都市景観賞を受賞したこともある、独特の構造物です。近くには、デザイン分野に強く、ユニークな長岡造形大学もあって、少しでも建築をかじった人は、待ち時間も楽しめそう。

会場の「音楽の森」では、野外音楽堂を背にローソクを筒状の紙で覆った雪あかりが、スタッフの皆さんの手で設置され、順次、一つずつ点灯されていました。時折、春一番とみられる強風も吹きつけ、「点けたそばから火が消えて、これじゃイタチごっこ」との嘆き節も。それでも、この光の空間を演出するために、たくさんのスタッフさんが光の空間の整備に汗を流していました。

花火観覧用に踏み固められた信濃川堤防で見つけたのは、郷土の偉人のひとり、幕末から明治にかけて活躍した三島億二郎。北越戊辰戦争で新政府軍に敗れた長岡の復興と経済発展に広く貢献したことが知られます。復興を体現した、長岡の元祖フェニックス的存在のひとりと言っていいかもしれません。

現在まで続く銀行や学校、病院を立ち上げるなど、非常に先見の明があった方なのですが、この方が今も指差している方面に、まさに今夜の花火が打ち上がります。着いて行って間違いのない方です。目印にしてみてください。

ようやく日も暮れ始めて、雲の間から夕日ものぞく。駐車場の雪の壁がまだまだ高いです。

雪国長岡の雪だるまのゆかり、雪しかの由来

2000個もの雪あかりが温かな明るさで照らします。とってもいい雰囲気!

そして、始まりました!花火!

目の前で開く快音が、心地よく響きます。打ち始めは型物花火。かわいい雪だるまが連発されると、一気になごむ会場。何を隠そう、この雪しか祭りはかつて「長岡100だるま大会」とも言われた冬のイベントでした。

翌2日目に雪あかり会場周辺で開催された「ながおか100だるま大会」では、個性的で独創的な雪だるまが多数出現していました。雪だるまを創作する親子は皆さん楽しそう。

実は、雪しか祭りのルーツは、昭和61年に開催された「長岡100だるま大会」というイベント。「雪を苦にせず、雪を活かす」、「長岡の冬を思いっきり楽しむ」というコンセプトが、今も雪だるまには込められているのです。

そして、気になる「雪しか」とは、まだ冷蔵庫が普及していなかった昭和前半の時代、冬場に大量に積もった雪を夏場まで保存し、冷蔵庫代わりの雪を売り歩いて市民に親しまれた業者の一つ「雪鹿屋」の屋号にちなんだものだそうです。

当時、雪鹿屋たちがピラミッド状に高く積み上げた雪山は、ムシロで覆われた状態で長岡の各所に見られたようです。やんちゃな子どもたちにとっては、まるで巨大な滑り台のように思えたことでしょう。

今でも、長岡っ子の雪遊びの一番人気は、雪の巨大滑り台。翌2日目に登場した滑り台にも、たくさんの親子連れがカラフルなソリを手に並んでいました。

オープニング花火の締めくくりは、紅をさした、ブルーの花火。

この状況下でのブルーの花火には、やはり医療従事者の皆さんへの感謝が込められているとのこと。会場は中越エリアの基幹病院でもある長岡赤十字病院に隣接しています。信濃川沿いにそびえる12階建ての大病院からは、今夜の花火はどのように見えたでしょうか。

メッセージ花火から見えてくる、この街のかたち

メインのメッセージ花火は、個人、企業、団体から6プログラムが打ち上げ。

東京と新潟をつなぐ関越自動車道でおなじみ、ネクスコ東日本長岡管理事務所さんは、会社のシンボルカラー・緑をモチーフとした花火。冬季間の除雪作業へのご理解・ご協力をお願いするメッセージが読み上げられていました。この冬に改めて思い知ったことですが、冬場の新潟へ来る際には、路面状況に注意して、より一層の安全運転に努めましょう。

虹色のような、珍しい花火も。地元長岡の花火師・嘉瀬煙火工業さんの打ち上げです。この日は最大10号(尺玉)がいくつも打ち上がりました。やっぱり長岡の大花火は、雪花火も大迫力です。

大切なご家族への感謝を込めた花火も打ち上がりました。FMながおかさんのメッセージ読み上げに会場もじんわり。雪あかりがより温かくしみます。普段はなかなか伝えられない想いも、こうして表現できる機会があるのは素敵ですよね。見上げている私たちにも、大切な気持ちを思い出させてくれます。

終盤にさしかかってすっかり夜となり、雪あかりとのコラボレーションがしっかり馴染んで来ました。

一際明るい色で照らしたのは、国際石油開発帝石(INPEX)による、ベスビアス大スターマイン。

長岡の街は、石油などのエネルギー資源開発の歴史があります。実は、長岡の南の地域(越路)とそれに連なる小千谷市片貝町のエリアは、今も国内随一の天然資源(石油、天然ガス)が産出。日本書紀にも石油の産出が記載されるなど、古くからエネルギー資源に恵まれていたことが知られる新潟で、その先頭を走るエリアが、ちょうど花火のホットスポットと重なるのは不思議です。

そして、明治後半には長岡・小千谷エリアの石油関連会社が統合されていき、大きくなっていく際、あの渋沢栄一さん(2021年の大河ドラマ「青天を衝け」主人公)も支援者の一人であったことが分かっています。

そんなバックグラウンドのお話は、美しい花火の前では特別必要ありませんが、また別の機会で、そんなロマンにも思いを馳せたいところです。

学生たちの恩返し花火、その「長岡」らしさ

この記事で一番語るべきは、プログラムのフィナーレを飾った、長岡を巣立った大学生たちの花火でしょう。

「長岡市恩返しプロジェクト〜みんなの想いを2021年の空に〜」のベスビアス超大型スターマインは、2020年5月、ふるさとを離れ一人暮らしをするなか、コロナ禍でステイホームを余儀なくされた長岡出身大学生たちの元へ、市内の団体が共同でお米やマスクなどの支援物資を届けた長岡市学生応援プロジェクトがきっかけ。

その恩返しにと、2020年8月の長岡まつり大花火大会の中止を受けて意気消沈する地元に、今度は自分たちで花火を上げようと、学生たちが中心となってクラウドファンディングを呼びかけたものです。

最終的に268人もの支援者から250万円を超える資金が集まり、無事今夜、冬の長岡に盛大に打ち上げられました。

この会場に足を運べていなくても、この花火を見届けた大人たちは長岡の街の至るところにいたのでしょう。私の知る限りでも、この日の花火を楽しみにしていた、という支援者の方がいました。

「いい花火が上がったな!」明治時代の三島億二郎たちの頃と変わらない長岡らしさというのか、若い人へ投資をする文化、心意気が感じられた好企画でした。

ここまでつらつらと書いてきた私も、長岡という街で高校生活を送り、その文化に浴した出身者の一人です。こうして雪花火を通して、長岡という街の「らしさ」が見えてくるとは想像しておらず、思いがけない再発見となりました。

長岡花火の公式YouTube でもLIVE配信され、多くの学生たちも花火とともにこの気風を目にできたことでしょう。

何よりも、長岡ではたくさんの人々が花火を待っている、ということが伝わってきた20分間でした。

佐藤 みずほ
この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
世界最大の奉納煙火で知られる花火のまち、新潟・片貝(かたかい)の生まれ育ち。
言葉にできない感動を片貝まつりで経験するあまり、ポエマーになってしまいました。
静かに熱い、新潟のお祭り文化をお伝えできたら嬉しいです。

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