前編では、マツリズムとオマツリジャパンという2つの団体の歩みや、祭りとの出会い、そして地域と深く関わる中で生まれた「祭りを支える意味」について語り合いました。後編では、話題は未来へと向かいます。マツリズムが実践する「おまつり先生の出前授業」をはじめ、子どもたちへの価値継承や教育としての祭りの可能性、そして非日常体験が紡ぐ人と人との絆について、さらに深く掘り下げていきます。
子どもを軸にした価値継承と新しい共助
加藤:マツリズムの活動ですごいなあと感じている、私が大好きな活動が、お子さんへの働きかけです。保育園や幼稚園、小学校にも出張授業に行っていると聞きました。どんなことをされているのか教えていただけますか。
大原:はい。「おまつり先生の出前授業」という活動をしています。主に2~3歳児から小学校低学年ぐらいの子どもたちを対象に、保育園や幼稚園、小学校に私が出向いて、あるいはオンラインで、祭りの楽しさと本質を伝える授業です。コロナ以降初めて実施し、これまでに約15回実施しました。
加藤:年齢層の幅が広いですが、教え方はどう違うのでしょうか。
大原:言葉を使用するかどうかが一番大きな違いだと思います。2〜3歳児にはお祭りに関する絵本を読み聞かせたり、紙芝居を使ったりして、ビジュアルで話を進めます。また、祭りの道具ーー法被や足袋などを触ってもらう体験を提供します。
加藤:なるほど、体験を通じて伝えるんですね。
大原:はい、それでかなりの部分を伝えることができます。さらに、自分が祭りに参加したときの写真や映像を見てもらったり、実際に踊ってみせたりします。保育園でも神社に散歩に行ったりすることがあるので、その体験とつなげて、「どこかの神社に行ったことがあるかな?お祈りをしたことがあるかな?」と聞いたりもします。
加藤:自分の体験とリンクさせるのですね。
大原:そうです。「これが祭りなんだよ」と伝えています。ちゃんと届いているかどうかはまだわかりませんが、小さな子どもに祭の本質を伝えるチャレンジは、自分にとって重要なことだと感じています。子どもたちは長時間集中するのが難しいので、休憩を挟んだり場面転換をするなど工夫をしています。
加藤:確かに。私の息子は今4歳ですが、大きくなったら何になりたいか聞いたら、「締太鼓の人」って言うんです。多分、阿波踊りに行ったときに太鼓を触ったからだと思います。体験とのつながりの話にすごく納得しました。
大原:それは面白いですね(笑)。さすが加藤さんの息子さんです。内容としては、地域の保存団体や地域の担い手が普段行っている芸能の普及活動も含まれていますが、現状に合わせたアプローチも必要です。また、保育士さんに課題をヒアリングしたところ、園のイベントとして夏祭りを行ったり、おみこし作りなど行なっているものの、本来的に子どもたちに伝えたい「年中行事としての祭り」と実際にやれることのギャップに悩んでいると。コロナ禍や熱中症のリスク、人手不足などの課題により、本当にやりたいことがなかなか実現でききずジレンマを感じていると伺いました。そこにニーズがあるのであれば、実際に全国の祭を体験し子どもたちに伝えることのできる人が間に入ることで、少しでもそのギャップを埋められるようなパッケージを作りたいと思ったんです。
加藤:それは素晴らしい考えですね。私も祭りを未来につなげていくには、最終的には子どもたち、特に未就学児や小学校低学年の子どもたちにいかに祭りの本質に触れて体験してもらえるかが重要だと思っています。大原さんのお話を聞いて、それが大事だということを改めて実感しました。ただ、それを広めていくにはどうすればいいと思いますか?
大原:教育の中に入り込むのに成功していて、子どもたちに認知度が高いものとして「ソーラン節」が挙げられると思います。
大原 学(おおはら・まなぶ)1983年、神奈川県南足柄市出身。2007年早稲田大学人間科学部卒。在学中に祭りの魅力に目覚め、米国留学時にはソーラン節の普及活動を行う。日本GE株式会社、NPO法人クロスフィールズを経て、2016年11月「一般社団法人マツリズム」設立。祭りを通じた地域活性化や文化継承に取り組む。1児の父。
加藤:そうですね!
大原:僕らの時代では『金八先生』などのドラマで中学生たちが踊るシーンがありました。それも影響して、運動会の教材としても組み込まれるほどの普及度を誇っています。親もある程度のリテラシーを持っていて、動画を見ればなんとなくできるという点で、パッケージ化に成功している例だと思います。
加藤:ソーラン節は運動になるので良いですよね。体幹トレーニングになる!
大原:そうそう(笑)。ただ、ソーラン節と「祭り」が子どもたちの中でリンクしているかと言われると、必ずしもそうではないですよね。
加藤:確かに、そういうところは課題かもしれませんね。
大原:そのため、そういったパッケージ化が可能なソリューションがあるのは間違いありませんが、それを採用したからと言って祭りが広がるとは限らないと考えています。
加藤:民俗芸能でも、その地域の小学校で行われる例はありますが、小学校卒業後に続かないこともありますね。やらせれば良いというものではありませんね。
大原:そうですね。学校で行ったことが自分たちの地域と結びついていないことが問題だと思います。続けるためにはもっと考えるべき点がありますね。
加藤:福井県の八田獅子舞をしている方に伺ったお話だと、小学校の時に一度みんなが体験するけれど、その後やらなくなったり、土地を離れたりすることもあるそうです。ただ、地域に戻ってきてやってみると、自転車に乗るような感覚で少し練習すれば再びできるようになり、結果として続いているという例もあるそうです。だから、無駄ではないと思うんですよ。例えば、100人の生徒がいたら、その中の1人か2人が、この獅子舞が好きになって続けていく可能性もあります。数打ちゃ当たる戦法かもしれませんが、小さいときに触れたり、「これ面白いな」と思ったり、体に馴染んでいないと、大人になって突然「祭りをやれ」と言われても馴染みにくいというのは確かだと思います。
大原:それは本当に共感します。肌感覚として、その体験をすべき年齢は未就学児、ギリギリ小学生くらいだと思っています。
加藤:私が思っていたよりも小さい子ですね!
大原:低学年や中学年になると、体験の吸収度や馴染み方が変わってしまうので、小学校に上がる前か、上がってすぐのタイミングが重要だと感じています。2023年に行ったアンケート調査(下図参照)では、「祭りはなくなってはいけないものだと思うか」という問いに対する肯定率(そう思う+ややそう思う)が、未就学期に祭りを体験した人は、全体よりも約9ポイント高いのです。これは、幼少期の体験が文化的価値観の形成に大きな影響を与える可能性を示唆するデータです。
加藤:なるほど。それはとても重要な指摘ですね。
「あなたは、祭りはなくなってはいけないものだと思いますか」という質問に対し、祭り経験時期の違いで意識に顕著な差がみられた。(「祭りに対する意識調査」一般社団法人マツリズム、2023を参考に編集部で作成)
非日常が織り成す絆: 祭りの本質に迫る
加藤:話は尽きないんですが、マツリズムとして、今後の目標や取り組みたい活動についても教えてください。
大原:そうですね。今できること、できないことは別として、キーワードとして掲げているのは「生きる歓び」、「新しい共助」、そして「教育」の三つです。具体的には、能登の祭の支援と子どもたちへの働きかけに注力して活動しています。 能登は被災地でもありますが、これまで能登の祭りに参加させてもらった中で感じたのは、能登の祭りが持つ爆発力とエネルギーがすごいということです。都会で暮らしてルールに縛られた生活の真逆の世界がそこにあるのです。そこで感じる「生きる歓び」を体感してもらいたい、というのが一つ。そして、「新しい共助」の形を模索することです。現在、過疎の問題が加速的に進む中で、関係人口という概念を抜きに議論を進められる状況ではなくなっています。集落の維持が命題となる中で、地域の祭りという存在が、多様な人々が交わってコミュニティを新しく再構築する起点になると思うのです。能登はその一例になるのではと考えています。
加藤:なるほど、素晴らしいですね。
大原:そして、「教育」についてですが、もちろん子どもに祭りを教えること、伝えることは大事です。ただ、子どもは引力のような存在で、子どもが楽しんでいると親も引き込まれることになるのです。親世代は子どもに日本文化を体験してほしいとか、地域文化に誇りを持ってほしいという願いを持っていることが多いです。祭りはそれらの願いと非常に相性が良いです。教育や公共、地域という観点を基点として、祭りを考えることが大切だと思っています。オマツリジャパンはどうですか?
加藤:私はこれまでも「サポートを必要としてくれたすべての祭りの支援をしていきたい」という目標を掲げてきて、その思いは今でも変わりません。ただ、実際には祭りごとに悩みが違い、オマツリジャパンが提供できない、サポートできない部分も多くあることを痛感しています。そこで、大原さんをはじめ、さまざまな方々から祭りを支援するヒントをいただき、それを活かすことが重要だと思っています。
それで、今日改めて思ったのは、やっぱり子どもの存在ですね。私が祭りがなくなってほしくないと思う理由は、大きい祭り、小さい祭りに関係なく、それぞれが思い出の拠り所であり、コミュニティの中心になっているからなんです。これを失いたくないという気持ちが強くあります。もしかしたら、オマツリジャパンの最終的な目標と子どもの存在がつながっているかもしれません。祭りを未来に残して、体験してもらいたい。祭りは非日常で、非効率的な面もありますし、なくなっても生きていけるかもしれませんが、それでも祭りがコミュニティや人との絆、楽しい思い出を作り出す中心になると思うのです。それを未来に繋いでいきたいと願っています。
大原:子どもがポイントになるというのは、共通していると思います。私が「おまつり先生」を始めて思い出した話があります。20歳の頃、アメリカに留学し、その後ペルーにバックパック旅行に行きました。その時、タクシーで相乗りしたアメリカ人の女性から「日本のことを教えてほしい」と言われ、日本の宗教に関する質問や、天皇についても根掘り葉掘り聞かれたんです。しどろもどろな僕の説明に彼女は納得せず、途中で興味を失ってしまいました。恥ずかしく、心の底から悔しい思いをしました。その時、自分は結局日本のことを何も知らないんだと痛感しました。
加藤:それは日本語でも説明が難しいですよね。
大原:その時、自分が受けてきた教育は何だったんだろうと思いました。宗教や国の歴史に関わることは、世界で生きていく上で重要な教養なのに、日本の神社やお寺についてさえほとんど何も知らなかったのです。 だから、これからの時代を生きる子どもたちに、祭りを通じて日本の精神性や文化を伝えていけたらと思います。祭りは宗教行事である一方で文化でもありますが、日本の精神性を楽しみながら学べる教材としても、とても有用だと思うんです。
加藤:楽しい教材というのは素晴らしいですよね。
大原:そうなんです。楽しいからこそ、その奥深い意味を伝えることができるんです。例えば阿波踊りについて、そこに「盆踊り」という要素を加えて説明できると、海外の人にも伝わりやすくなると思います。アメリカ人やイギリス人も先祖を思う気持ちや慰霊の気持ちは共感できるはずですから。
加藤:確かに、それは納得です。
大原:また、「祭りが楽しいと思えるかどうか」という話についてですが、現代の人々は何を楽しいと感じるのかさえ、SNSに影響されているように感じます。強力なマーケティングなんですよね。「これが楽しいものである」と決められた枠にとらわれている場合も多い。実際、自分が本当に何を楽しいと感じるのか、わからなくなっている人が増えているのではないかと思います。
加藤:そうかもしれませんね……。とても考えさせられます。
大原:ある学園からテーマプロジェクト(探究の授業)の一環として、「新しい祭りをつくりたい」と依頼を受けたことがありました。一度限りのイベントではなく、恒例行事としての本物の祭りを作りたいというものでした。
加藤 優子(かとう・ゆうこ)1987年生まれ。練馬区出身。武蔵野美術⼤学油絵科卒業後、株式会社ピックルスコーポレーションに⼊社。 商品開発とデザインを担当。震災直後の⻘森ねぶた祭に⾏った際、地元の⼈が⼼の底から楽しんでいる様⼦を⾒て、祭りの持つ⼒に気付く。同時に多くの祭りが課題を抱えていることを知り、 2014年に全国の祭りを多面的にサポートする団体「オマツリジャパン」を創業。2児の母。
加藤:えっ!それは素晴らしい取り組みですね。
大原:そうなんです。その祭りでは「太陽」をテーマにして、祈りや感謝を捧げることを中心に据え、太陽祭りを体で表現するワークショップを子どもたちと行いました。
加藤:とてもとても面白いですね。子供たちの反応も気になります!どのように進めたのですか?
大原:まず、「これが僕が思う太陽祭り。見てて!」と言って、子どもたちが車座になっている中で全力で踊ってみせました。すると、大きい子どもたちは恥ずかしがりましたが、小さい子たちは自然と体を動かしていました。その後、「次はみんなも心を解放して太陽祭りを踊ってみよう!」と声をかけて、挑戦してもらいました。
加藤:すごい!その体験は本当に素晴らしいですね。
大原:最初は半分くらいの子どもがうまくできませんでしたが、「もっと太陽になろう!」と励ますと、次第にみんなが自分なりに楽しさを見つけられるようになりました。
加藤:それはすごいですね。子どもたちが自分なりに楽しさを見つける過程が素晴らしいです。
大原:ありがとうございます。その時、「これが太陽祭りだよ!本番の劇や太鼓のパフォーマンスでも、この気持ちを生かしてみて」と伝えたのですが、子どもたちが本当に素晴らしい反応を見せてくれました。私はこれが、祭りの本質ではないかと思いました。
加藤:とてもプリミティブな楽しさですね。
大原:そう思います。人はこういった純粋な楽しさに自然と惹きつけられるものではないでしょうか。
加藤:感動しました。本当に素晴らしい取り組みですね。
大原:ありがとうございます。ただ、最もマネタイズが難しい部分に突っ込んでいるという自覚もあります(笑)。
加藤:そういう取り組みこそやっていくべきだと思います。私も大原さんのようになれるよう頑張りたいと思います。ぜひまたいろいろ教えてください。本日はありがとうございました。
大原:こちらこそ、ありがとうございました。
※本記事は対談の後編です。前編では、両者のこれまでの活動や、祭りとの出会い、現場でのエピソードを通じて「祭りを支える意味」を語り合いました。
👉前編から読む(祭り支援の未来を語ろう・マツリズム×オマツリジャパン トップ対談)