Now Loading...

「令和今昔四季物語絵巻」万博で舞う“まつりのはじまり”——巫女たちの舞に込めた祈り

2025/7/1
2025/7/2
「令和今昔四季物語絵巻」万博で舞う“まつりのはじまり”——巫女たちの舞に込めた祈り

「大阪・関西万博2025」20年ぶりの国際博が日本で開催!

大屋根リングから見た万博会場には世界各国のパビリオンが立ち並んでいる。

2025年、待望の「大阪・関西万博」がついに開幕。当時の日本人の2人に1人が来場したという1970年の大阪万博から55年、2005年の「愛・地球博」以来、実に20年ぶりに日本で開催される国際博覧会です。
今回の万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。世界がどのように未来を創っていくのか。そのヒントが、この万博には詰まっています。また日本文化を世界に発信する絶好のチャンスでもあります。

「令和今昔四季物語絵巻」が描く、新たな“まつりのカタチ”

この広い万博会場の中で新しいカタチの壮大な神事・儀式が行われると聞いてやってきました。
その名は伝統と創造が出会う舞台「令和今昔四季物語絵巻」。
四季折々の祈りの心や感謝、自然との共生といった、古くから受け継がれてきた日本人の精神性を、美しい舞台演出で表現された儀礼芸術作品です。

中でも注目すべきは「巫女舞」。その起源は日本神話の「天岩戸隠れ」にまで遡るとされています。天鈿女命(アメノウズメノミコト)が神々の前で舞を披露した神話の一場面──それこそが“まつりのはじまり”ともいえる瞬間です。

人間国宝と全国の担い手たちによる新しい文化継承

大晦日清め 住吉大社 小笠原流追儺歩射式

出演:小笠原清基 (弓馬術礼法小笠原流次期宗家)

まず最初に行われるのは大晦日に疫鬼や疫神を払う「追儺(ついな)」という儀式です。客席へ静かに入場してきたのは弓を持った射手(いて)。舞台中央の大きなモニターには邪気を払うための象徴として鬼面が背景に浮かび上がります。キリキリ、キリキリ と弓を引く音。一瞬の静寂のあと「ヒュッ」と……悪霊退散を願った矢が放たれ、鬼は霧散します。こうして魔が払われ、会場は清浄な気が満ちました。

元旦能「翁」奉納

出演:金剛永謹(能楽金剛流二十六世宗家 人間国宝)・大倉源次郎(能楽小鼓方大倉流十六世宗家 人間国宝)

天下泰平、国土安穏、五穀豊穣を祈願し、能「翁(おきな)」を奉納。この「翁」は能楽の演目のひとつで、能の中でも別格の祝言曲です。一般的な能と違い物語はなく、儀式として舞われるのが特徴で、演者は神となって舞います。

年始め 和歌披講「言霊幸ふ国」

出演:近衞忠大(五摂家筆頭 近衞家次期当主)

厳粛な雰囲気の中、神話に登場するスサノオノミコトが読んだという日本最古の和歌が奏上されます。

「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣つくる その八重垣をー」

このタイトルの「言霊(ことだま)幸ふ国(さきわうくに)」は、良い言葉を言うと幸せが訪れるという意味です。
この静かな和歌を聴いていると、話しかける相手の時間をいただくことは命をいただくことであり、「言霊」を、コトバを、大切にして伝えようと改めて感じます。

花見・種まき:狂言 三番三 鈴の段

出演:茂山七五三(能楽師大藏流狂言方 人間国宝) 茂山千五郎(能楽師大藏流狂言方十四世当主)

「三番三(さんばそう)」は天下泰平を祈る儀礼曲「翁」の後半部分です。翁の祝言の舞に続いて狂言方が五穀豊穣を願い舞う曲で、地固めをする「揉ノ段」黒い尉(じょう:老人)の面をつけて稲穂の象徴の鈴を持って舞う「鈴ノ段」が奉納されます。
足を踏みしめる地固めの所作、神聖な鈴の音は稲穂が鈴なりに実っていくことを感じさせる舞でした。

盂蘭盆会:悔過と盂蘭盆会の祈り

出演 :加藤朝胤(法相宗大本山薬師寺 管主)

悔過(けか)とは、仏教の儀式で、自らの罪や過ちを仏前で懺悔し、罪報を免れ、福徳を願う法です。お坊さんたちが散華する姿に目を奪われていると、今度は読経の声が心に響いてきます。
さらに最古のオーケストラともいわれる雅楽の荘厳な雰囲気が会場内に漂ってきます。雅楽は「笙(しょう)」「篳篥(ひちりき)」「龍笛(りゅうてき)」の三つの管楽器が主となっており、それぞれ「天」「地」「空」を表しています。楽人たちによる天上の音が読経に重なり、舞台中央の大きな画面には夏の終わりを感じさせる灯籠流しや花火の絵。お盆の時期にご先祖の霊を家族が迎え入れ、送り出す感謝と追悼の象徴的な光景が広がりました。

薬師寺の金堂の様子が画面に映し出される

中秋の名月:住吉大社 観月祭 奉納舞楽「蘭陵王」

出演:天王寺楽所雅亮会  蘭陵王舞人 小野真龍 (天王寺楽所雅亮会理事長)

中国・北斉(550〜577年)の時代の武将「蘭陵王長恭(らんりょうおうちょうきょう)」は、卓越した武才だけでなく、戦士とは思えぬほどの美貌でも知られていました。あまりにも美しすぎたため、その容姿では兵たちに威圧感を与えられないと、戦場では獰猛な仮面をまとい、恐るべき猛将の姿を演出したといわれています。雅楽の中でよく上演される有名な一曲「蘭陵王」が、美しい月あかりの中で演じられました。

新嘗祭「倭文」

出演:井上八千代(京舞井上流五世家元 人間国宝)

豊作の恵みに感謝をささげる新嘗祭(にいなめさい)では祝いの舞「倭文(やまとぶみ)」が奉納されました。京都五花街の中で祇園甲部の芸妓舞妓が習う井上流の家元、井上八千代さんによる演舞です。舞を彩るのは色とりどりの紅葉や、たわわに実る稲穂と神饌(しんせん:お供え)をイメージし、生成AI技術を活用した映像による演出です。シャンシャンと会場に響く鈴の音は豊作をイメージさせ、伝統と未来が融合する一幕は没入感がありました。

年納め:能 「高砂(仕舞)」(高砂を謡おう)

出演:大槻文藏(シテ方観世流能楽師 人間国宝)

能の代表的な祝言曲「高砂(たかさご)」。婚礼の際に新郎新婦が座る席を「高砂」というのは「高砂やこの浦舟に帆をあげて 」という、この曲の歌詞から来ています。歌詞には松の精の老夫婦について描かれており、松は長寿のシンボルとして謡われています。
この舞台では舞を見たり、曲を聴くだけではなく、観客は「一緒に謡う」こともできます。客席のあちこちからも歌声が響き、神事や歴史舞台と一体になる特別な体験もできました。

世界平和への祈念:調和の精神 山の声と平和の風(山伏による祈り・法螺貝の吹奏・巫女舞の奉奏)

出演 :五條良知(総本山金峯山寺管長)、宮澤伸幸(一般社団法人日本文化伝承協会専務理事)

会場内に鳴り響く法螺貝の音。客席からは総勢70人もの巫女たちがしずしずと舞台に歩みを進めていきます。
この新しく創作された巫女舞はダンスや踊りではなく八百万の神に捧げる感謝と祈りの「舞」。心をこめることを一番大切にし練習を重ねてきた舞です。高天原(たかまがはら)に柱を立てる気持ちで臨んだというだけあり、そのひとつひとつの動きは見る者の心を打ちました。

荘厳な〝巫女舞〟の創作秘話を立役者の皆さんにインタビュー!

この〝巫女舞〟を創り上げた一般社団法人日本文化伝承協会の皆さんに、催しにこめた思いを伺うことができました。

一般社団法人日本文化伝承協会専務理事・宮澤伸幸様

「今回、一番思いをこめたのは文化と経済をはじめ、さまざまなジャンルが一つに繋がり、共に創る『共創の機会』です。経済の各種団体、人間国宝の人々をはじめとした伝統文化と日本の神仏の信仰、そこに融和する巫女。巫女舞のメインステージには、6歳から10代の子供たちが多く参加し、未来を担う若い世代の躍動感が会場を包みました。未来を創出する未来共創プロジェクトを万博で披露することができました。日本の伝統文化は『日本と世界の架け橋』です。
経済人が文化を愛でることで、世がやわらぎ、伝統が受け継がれてきました。その伝統文化が繋いできた今昔物語をデジタル技術によって、今の時代でもわかりやすく再構築したのが、この『令和今昔四季物語絵巻』です。日本の方であっても、どこかで見たことはあるけど、よくわからないとも捉えられがちな伝統文化。厳格な空気の中で『伝統文化や神社、お寺とは何か』と考えるきっかけになれば幸いです。万博での発表はゴールではなく、スタート地点。日本文化に精通した各界の方々と創り上げたこの90分の絵巻物を、これからパッケージ化して世界に発信していきたいと思っています。」

武蔵一宮氷川神社 権禰宜 遠藤胤也様

「3000年、5000年先に伝わることを願って『とこしえの舞』を制作しました。できますれば神代の時代から脈々と繋がる御神楽の伝統と1300年の歴史の雅楽のDNAを感じていただければ幸いです。八百万の神を祀り、和の心を持って、共に世界平和を祈りましょう。」

 

「とこしえの舞」歌詞にこめた思い 山崎敬子様(作詞・囃し手)

題:とこしえの舞 いまここに
青空和み 山桜
天の川舞う ゆく蛍
瑞穂の国は 八雲たち※
神子ほほ染める 細雪(ささめゆき)
よろづ集いし 日の本は
人の心も 美しく
老いも若きも 楽しけれ
神の御稜威の 尊しや※

※瑞穂の国 みずみずしい稲穂の実る国。日本国の美称。
※御稜威 神の威光。

「歌詞は私単独での作成ではなく、この舞に関わる皆様とこの演目への想いを確認し合いながら、私が取りまとめる形で作らせていだたきました。前半は日本の四季の様々の美しさと、その四季への感謝を、後半はそのような四季で彩られた日本に暮らす人々・日本そして万博に集う人々の御心の美しさと、その日本をお護りくださるさまざまの神様への感謝の心、そして平和への祈りを込めました。」

1時間半あまりに及ぶ「絵巻」ラストは「礼」

儀式の最後は「礼」。能や狂言の出演者、僧侶から神職まで出演者 200名が勢ぞろいした風景は圧巻です。
さまざまなジャンルにおよぶ出演者ですが、全ての共通点は「礼」。「礼を尽くす。」というのは、相手に礼を尽くす、他者のことを思い祈る、感謝すること、そうして礼をして祈ることにより、平和につながります。観客もただ観るのではなく、一緒に参加しての礼。この「礼」によって、ショーではなく「祭り」であることも感じました。

「令和今昔四季物語絵巻」は確かにどれも、一度は目にしたことのある日本の伝統芸能。でも、そのそれぞれの所作は何を意味しているのかまでは知らないことも多いですね。

はじめて見る人にもわかりやすい解説が流れる

「令和今昔四季物語絵巻」の舞台の特徴はデジタル技術を巧みに取り入れているところが秀逸でした。まず各章に入る前の解説は日本語と英語で簡単に説明が入ります。また動作の意味を四季の移ろいや、五穀豊穣など背景画像として投影することで、はじめて舞台を見る海外の人でも直感的に理解しやすい仕組みになっていました。
そして大舞台では、所作そのものが遠くて見えづらいという点も、デジタル技術によりカバーされています。事前にグリーンバック合成やクロマキー合成と呼ばれる撮影を行い、特に注目したい所作を画面に大きく映しており、とても見やすいことも良かったです。

そして、私が楽しみにしていた「巫女舞」。
巫女舞と聞くと「神聖なもの」と感じます。歴史を紐解くと「天岩戸隠れ」では天照大神が隠れてしまったため、神々が洞窟の外で歌と踊りではやし立てたのがはじまりです。太陽神すらも、思わず見てみたくなり楽しい気分になるそういった華やかで賑やかなものだったのではないでしょうか。今回、「令和今昔四季物語絵巻」を通して、伝統とは核となる部分を大切にして、常に新しい表現方法を模索しながら進化しているのだと感じました。

例えば、現代では歌舞伎は一般的に「男性が演じるもの」ですが、起源をたどると女性が演じていました。時代の規制や価値観の移り変わりに合わせて、柔軟に変化してきたからこそ、伝統が受け継がれ、現代も愛される芸能であり続けることができたのだと思います。歌舞伎は、最近では人気アニメとコラボレーションしたり、様々な舞台演出技術を取り入れたスーパー歌舞伎なども大変人気がありますね。

想像をたくましくすると……
私は100年後の伝統芸能はきっと、温暖化や継承問題から衣装そのものが大きく変わるのではないかと想像しています。たとえば薄く軽い夏でも着られる素材に変わったり、入手困難になった素材は形式化し、模様がデザインされる。
男性だけが継いでいる文化は女性や外国人へも受け継がれるようになるだけでなく、バーチャル俳優もあわられるかもしれません。技術が進み、楽器演奏などのあり方も、ロボットの囃し手がやるようになるかも!?

大事なのは「伝統をそのまま残す」ことではなく、「精神性を大切にして、現在の表現で未来につなぐ」ことではないでしょうか。「令和今昔四季物語絵巻」は今始まったばかり。日本の伝統芸能はさらなる進化を遂げて未来に進むはずです。今後、この舞台がどのように世界で広がりをみせていくのかもとても楽しみです。

タグ一覧