江戸時代、江戸や上方では、専業の役者が演じる「歌舞伎」が庶民の娯楽として大人気になります。そしてそれをお手本に、全国各地の農村でも農民みずからが演じ、楽しむ「農村歌舞伎(農民歌舞伎)」が生まれました。中でも、
◎檜枝岐歌舞伎(福島県南会津郡檜枝岐村)
◎小鹿野歌舞伎(埼玉県秩父郡小鹿野町)
◎中山農村歌舞伎(香川県小豆郡小豆島町)
の3つは、「日本三大農村歌舞伎」とも言われ、本場・歌舞伎座に負けない見事な「ステージ」が見られることで有名です。
この記事では、農村歌舞伎とは何か、そして日本三大農村歌舞伎それぞれについて解説します。
農村歌舞伎とは?
農村歌舞伎とは、「素人歌舞伎」「地芝居」「村芝居」と呼ばれ、江戸から昭和30年代ごろまで盛んだった、農民の手による芸能です。本職の歌舞伎同様、風紀が乱れるからと江戸幕府はたびたび取り締まりの対象としましたが、祭礼などでの奉納を建前としながら受け継がれ続け、江戸幕府の力の弱まった19世紀以降、全国の農村で広く定着したとされています。
農村歌舞伎の内容は、本職の「歌舞伎」の演目・演出をお手本にしたものですが、村々で独自の特徴を持ち、何百年にもわたって伝承されてきました。加えて、本場の舞台建築技術を学び、役者を奈落から舞台にあげる「せり上がり」や、舞台を回転させる「廻り舞台」などを備えた本格的な舞台を建てる村もたくさんあり、本職顔負けの熱量で歌舞伎に励んでいたことがわかります。そうした舞台では、村民みずからが演じるだけでなく、旅回り芸人などを招いて村民に娯楽を提供したようです。
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近代化とともに多くの地域で農村歌舞伎は廃れていきましたが、今でも地域文化として大事に受け継がれている地域はありますし、一度は廃れながらも近年、過疎地域のコミュニケーションのツールなどとして復活する例もあります。
「日本三大農村歌舞伎」それぞれを紹介!
現在も継承されている農村歌舞伎の中でもよく知られた「日本三大農村歌舞伎」それぞれの特徴と舞台をご紹介します。
檜枝岐歌舞伎(福島県)
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「檜枝岐歌舞伎」は、福島県・檜枝岐(ひのえまた)村で、270年ものあいだ継承されてきた農村歌舞伎です。村人が、お伊勢参り(江戸という説も)の際に見た上方歌舞伎を村に伝えたことが始まりとされ、出演から裏方に至るまで現在もすべて村民が務めています。村には、現在「寿式三番叟(ことぶきしきさんばそう)」と「奥州安達ヶ原」、「一之谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)」など11演目が伝わっています。2004年には国立劇場で公演する快挙も成し遂げ、日本一の知名度を持つ農村歌舞伎です。
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歌舞伎が披露されるのは、鎮守神社境内にある「檜枝岐の舞台」。国指定重要有形民俗文化財です。奉納芸能として行われるため、舞台は神社に向かって建てられ、拝殿のような形態をしています。神社への坂はそのまま観客席になり、大自然と夕闇の中での公演は幻想的です。
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2023年は5月12日(金)、8月18日(金)、9月2日(土)に公演が決まっています。
小鹿野歌舞伎(埼玉県秩父郡小鹿野町)
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「小鹿野歌舞伎」は、埼玉県秩父郡の小鹿野町で、19世紀初頭から継承されている農村歌舞伎です。小鹿野出身の歌舞伎役者、初代・坂東彦五郎が江戸の歌舞伎を故郷に伝えたことから始まりました。もちろん演者から裏方まで町民が担います。
町内には現在も5カ所に常設舞台が残っていますが、なんといっても見どころは、祭り屋台(山車)で行われる歌舞伎です。2023年は規模が縮小されたものの、4月14日・15日の小鹿野春祭り(小鹿神社例大祭)の中で、通常2つある屋台のうち1つで屋台歌舞伎が上演されました。
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町内挙げてこの伝統文化の継承に取り組んでいて、子ども歌舞伎、若手歌舞伎、女歌舞伎の一座もあります。
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中山農村歌舞伎(香川県小豆郡小豆島町)
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最後にご紹介する「中山農村歌舞伎」は、瀬戸内海に浮かぶ香川県・小豆島で300年以上続く農村歌舞伎です。この歌舞伎も、かつて島民がお伊勢参りに行った際、上方歌舞伎の様子が描かれた絵馬や衣裳を持ち帰ったことがはじまりと伝わっています。小さな島内に、最盛期は30を超える歌舞伎舞台があり、600人ほどが農村歌舞伎に関わっていたそうです。現在は、重要無形民俗文化財に指定されたこの中村の舞台と、肥土山で公演が行われています。
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春日神社の境内にある中村の舞台は、茅葺き寄棟造り。天保年間(1831~1845)より前に建てられたもので、セリや回り舞台などがあります。
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「中山農村歌舞伎」は毎年10月の第2日曜日に年1回だけ春日神社に奉納する形で公演されます。2023年は舞台の改修工事のため、残念ながら公演はありません。
まとめ
この記事では、農村歌舞伎についての基礎知識や、日本三大農村歌舞伎について解説しました。全国には、現在も継承されている農村歌舞伎がまだまだあります。岐阜県・中津川市の農村歌舞伎も有名ですし、長野県・大鹿村の歌舞伎は国立劇場でも上演されました。名優・原田芳雄の遺作となった映画「大鹿村騒動記」(2011)では、この村の地歌舞伎がクローズアップされています。
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どれも地元色が強く、専門俳優による歌舞伎とは違った魅力があります。お近くの地域で農村歌舞伎が上演されていたら、ぜひ足を運んでみてください。