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伝統を守り続けるということ~コロナ禍に直面した五箇山民謡と人々の思いに迫る!~

伝統を守り続けるということ~コロナ禍に直面した五箇山民謡と人々の思いに迫る!~

「日本の原風景」と称される富山県五箇山。世界遺産に登録されている合掌造り集落と、「陸の孤島」といわれる地理的背景によって育まれた独自の伝統文化が特徴です。特に近年ではインバウンドの増加を受け、日本のふるさとを体験するために訪問する外国人観光客が増加していました。 

しかし、新型コロナウイルスの感染拡大によって事態は一変。観光客は激減し、地元が誇る五箇山民謡を披露する機会も消滅してしまいました。

このような状況下で人々はどのように考え、どのような取り組みを行なっているのか?そして、どのような問題や課題が改めて浮き彫りになったのか?今回は、現地の保存会関係者と観光協会へのインタビューを通じて、五箇山の現状について解き明かしていきます!

「一番わかりやすいのは芸能」観光需要を支え続けた五箇山民謡

そもそも、五箇山民謡はどのようにして今日まで受け継がれてきたのか?この疑問を解明するためには、3つの視点からみていく必要があります。

まず1つ目は、地理的特徴。
五箇山は四方を山に囲まれた豪雪地帯であり、平野部との交流は非常にまばらでした。このため、他地域では既に忘れ去られた古い風習や文化が残り、そして時代の変遷を通じて独自の変化を遂げます。この背景が、「麦屋節」や「こきりこ」といった全国的に知られている民謡が今日まで歌い継がれる所以になっているのです。

さらに、近世までは五箇山の地域内ですら関わりが希薄であったことが、以下の記述からうかがえます。

五箇山の民謡保存にあたつては、いわゆる五箇谷間の谷間(やま)によって特有の民謡をもっているが、これは一般に言う赤尾谷・上梨谷・下梨谷・ 小谷・利賀谷と言われたころ、当時文化経済圏は各谷で行われ、嫁のやり取りもせいぜい隣あい位で、平地などとの交渉はいうまでもなく、至って閉鎖性の強いものであった。こうした事が民謡残存の上にもよく現れているのも面白い。麦や・古代神などはどの谷間でも唄われるが、谷間毎に特徴ある民謡があり興味深い。*1

そのため、たとえ同じ民謡であっても演奏法が各谷で微妙に異なるのだと、麦屋節保存会会長の辻さんは語ります。各谷に存在する保存会がそれぞれの歌い方を継承すべく切磋琢磨する環境も、この地理的要因が創り出したのです。

冬の相倉集落 降雪が多いこと、そして各集落がそれぞれ山に囲まれていることが改めて窺えます (C)22 南砺市観光協会冬の菅沼集落。降雪量が多いこと、そしてそれぞれの集落が山に囲まれていることがうかがえます。 (C)2022 南砺市観光協会

2つ目は、地域産業の変遷。
今でこそ合掌造り集落では水田が散見されますが、江戸時代までは気象条件があまりにも過酷で稲作すらままなりませんでした。そのため、江戸時代においては加賀藩のために煙硝(火縄銃のための火薬)を作り、製紙や養蚕を営むことで生計を維持していたのです。

しかし、近世に入り、産業革命の波が押し寄せてきたことで、いずれも廃れてしまいます。大正時代には電源開発によって近代化と人口増加が進みましたが、戦後には急速な過疎化に直面。

このような状況の中、1970年に相倉・菅沼の集落が国の史跡に指定されたことで合掌造りの保全と観光地化が図られます。その後も地元民の努力のかいあって観光客が増加し続けた結果、五箇山の経済を担う基幹産業へと成長しました。

五箇山観光の目玉の一つが、茅葺き屋根の合掌造り集落。特に相倉と菅沼の集落が1995年に世界遺産に登録されて以降、毎年75万人前後の入込み客数を誇る観光地になりました。

夏の相倉集落。現在でこそ田んぼは合掌造り集落の重要な要素になっていますが、江戸時代には考えられない光景でした。 (C)2022 南砺市観光協会

そしてもう一つが、食や風習といった五箇山独自の文化。民謡も例外ではなく、下梨集落と上梨集落の例大祭をそれぞれ「麦屋まつり」と「こきりこ祭り」という名でイベント化したり、各季に開催される合掌造り集落ライトアップで民謡披露会が行われるようになりました。特に近年増加傾向にあった外国人観光客にも好評を博していたと、こきりこの歌い手である岩崎さんは次のように指摘します。

「インバウンドをもてなすときに、郷土芸能は一番わかりやすいものだと思う。どういうものを大事にしてきたかを観光客は見ているわけだから。その(土地の)社会や歴史を感じる上で一番わかりやすいのは芸能なのではないか」。

(C)22 南砺市観光協会江戸時代から地元の特産品として知られていた五箇山和紙。現在でも和紙すきを体験することができます。 (C)2022 南砺市観光協会

そして3つ目は、五箇山民謡の社会的役割の変化。
以下の記述からも分かる通り、明治以降に新しい生活様式が取り入れられたことで民謡が本来保持していた役割は徐々に失われていました。

民謡は生活の営みを反映してきたものであるが、時代は大きく変化した。労作歌の中心をなした農耕・諸職の作業も多く機械化され、歌はその役割を失ってきた。また踊り歌にしても、生活様式や環境の変化に対応しきれないで、次第に顧みられなくなった。こうして民謡の衰退はさけられず、わずかに古老の伝承の世界のものとなりつつある。*2

しかし時代は変遷し、五箇山では観光化を通じて民謡が「古老の伝承」から「地域アイデンティティを代表する」存在へと変貌を遂げました。

もちろん、本来の民謡は人々の暮らしや生活に根差していたものです。しかし、「文化的資源として観光に活用されてきたからこそ、民謡がこれほど残ったという側面がある」と、南砺市観光協会の山崎さんは語ります。方法は異なれど、地元産業に貢献するという形で人々の暮らしを支え続けているのがうかがえるでしょう。

次は、コロナが五箇山の民謡と観光にどのような影響を与えているのか、見ていきましょう!

*1 酒井与四「五箇山の民謡:上梨谷を中心として」1993:10.
*2 石川県教育委員会「石川県の民謡:民謡緊急調査報告書」1981:16.

「見てもらう機会が減っている」コロナ禍が五箇山民謡に及ぼしている影響

2020年の初めより我々の生活に大きな影響を及ぼしている新型コロナウイルス。幸いなことに、五箇山では比較的感染が広まっていません。とはいえ、他の観光地の例に漏れず、2020年の訪問客数が前年比で60%減少するなど、現地のお店や産業は大打撃を被ることとなります。

もちろん、他にも数々のイベントや保存会による地域外公演が中止に。「見てもらう機会が減るというのが、大変だな」と、岩崎さんもため息をつきます。

コロナ前におけるこきりこ祭りの目玉イベントである、白山宮での奉納こきりこ。密になっているのがわかります。 (C)2022 南砺市観光協会

しかし、五箇山では2つの例外が存在します。1つ目は、次章で紹介する2020年のこきりこ祭り。

そしてもう1つが、2021年の春祭りです。4月中旬から5月上旬まで五箇山の各集落で獅子舞を披露するこの祭りは、2020年は自粛を余儀なくされました。しかし、翌年は伝統継承の側面から開催されたと、山崎さんは言います。

「去年1年間やらなかったことで、子供達が忘れるんですね。忘れちゃってできなくなったら、自信をなくしてしまう」。

筆者も以前こきりこ祭りの際に獅子舞を見ましたが、獅子の前で演じる獅子あやしを含め多くの子供が参加していました。獅子を振らないことが新たな日常になり、継承されてきた風習が廃れることに危機感を抱いたのもうなずけるでしょう。

五箇山獅子舞の一例。 (C)2022 南砺市観光協会

また、別の開催理由として、地元民による獅子舞と五箇山民謡の位置づけが挙げられます。

というのも、五箇山民謡は観光化を通じて本来と別の側面ができたのに対し、獅子舞はその影響をあまり受けずに地元民の風習として親しまれ続けました。実際に競演会や講習会が行われる麦屋まつりやこきりこ祭りと違い、春祭りでは外部参加者向けの特別イベントがありません。

この違いが「各集落の考え方に委ねられて」いたこと、そして「本当に村の人たちだけが楽しむ形で」開催できたことに繋がると山崎さんは指摘しています。

次は、2020年のこきりこ祭りを中心にコロナ禍で始めた新たな取り組みについて掘り下げていきましょう!

「一つ手段を覚えた」新たな取り組みと変わらない取り組み

そもそも、2020年のこきりこ祭りは例年と比べて何が特別だったのか?それは、オンライン・オフライン併用開催を試みたことにあります。

まず、現地でお祭りを楽しめる人々を「現地に宿泊している観光客のみ」に制限。そして万が一の際に円滑な情報共有を行うため、宿泊者情報や連絡先をまとめたリストを作成しました。

また、新たにYouTubeチャンネル「【公式】こきりこch」を開設し、民謡競演会の様子をライブ配信しました。かくして、2020年のこきりこ祭りは陽性者を一切出さずに開催を成功させたのです。

では、なぜ今までライブ配信を行わなかったのか?それは、オンラインだけでは宿泊や購買に結びつかず、地元経済に直接的な潤いをもたらさないことが挙げられます。

山崎さんによると話自体は以前からあったそうですが、「当然リアルが勝るので、あまりやる気にならなかった」そうです。だからこそ、今回の取り組みはいかに現地の人々が現状に危機感を抱いているのかを映し出しています。

そしてもう一つの理由として挙げられるのが、経験がないと実行に移すのが難しいということ。

新たに始める際には地域内の合意形成はもちろん、予算の決定や機材や環境を整えるための資金集め、ひいては行政との連携など、取り組みが多岐に渡ります。しかし、2020年のこきりこ祭りにおいては、同年夏に郡上おどり運営委員会のYouTubeチャンネルで行われた郡上おどりオンラインライブ配信が非常に参考になったと、山崎さんは語ります。

「何もないところからアイデアってのは浮かんでこないので。たとえアイデアがあっても、どれくらいの規模をやればいいのか考えないといけないし、あまりお金もかけられない。だから、『郡上がこれくらいの規模だから、(自分たちは)これぐらいならできるかな』という、そういう目安にはなりましたね」。

このように新たな可能性を切り開いた2020年のこきりこ祭りですが、残念ながら翌年は開催中止・特別番組のライブ配信のみに。感染状況の先行きが見えない中、2022年も難しい判断を迫られそうです。

「継ぐ人がいなくて困っている」コロナ禍が改めて浮き彫りにした諸問題

本記事はここまで五箇山民謡とコロナ禍の影響について記してきましたが、調査からはそれ以上に人口減少が大きな懸念材料であることが浮き彫りになりました。

実際に統計データを確認すると、五箇山全体の人口は2000人弱で、20年前と比較して40%減少しています。辻さんが住む下梨集落でも、戸数が同期間で80から60まで減少しただけでなく、高齢者の割合が増加したそうです。
では、人口が減少することで五箇山民謡の保存継承に具体的にどのような問題が生じるのでしょうか?

まず一番明白なのが、保存会を支える担い手確保が困難になること。
上梨集落の五箇山筑子(こきりこ)唄保存会を例にとると、全住人がこきりこの奉納先である白山宮の氏子であり、必然的に保存会に加入していると岩崎さんは指摘します。すなわち、保存会への参加率を上げる余地がなく、集落人口の減少が会員数の低下に直結してしまうのです。

また、すべての保存会会員が演奏や踊りを行うわけではありません。たとえ名を連ねていても、高齢化に伴う体力の低下によって第一線から身を引いた方々もいらっしゃいます。特に踊り手ではこの現象が顕著であり、既に「2人ずつ2つの曲を踊るより、4人で1つを極める」という選択と集中に迫られているそうです。

なかでも最も深刻なのが、歌い手の後継者不足。
ある程度研鑽を積めば技術向上が見込める踊りやお囃子と違い、歌は特に向き不向きが存在すると辻さんは指摘します。このままでは、公演時に十分な人員を確保できなかったり、最悪、全体の演奏レベルが低下しかねません。

「こきりこ祭り」舞台競演会の様子。踊り手の数を維持するのは年々難しくなっています。 (C)2022 南砺市観光協会

では、どうすればこの問題に対処できるのか?言わずもがな、平野部から会員を勧誘するのも距離がありすぎて現実的ではありません。

代わりに五箇山にある5つの保存会を統合し、人員を確保するのはどうだろうか?この方策の一番の問題は、同じ曲でも各谷や集落で歌い方が異なることを考慮していないこと。実際以前にも似たような話があったそうですが、結局は合意形成ができず現在に至るそうです。やはり各集落で継承されてきた伝統を絶やすことはできない以上、現状の保存システムを変えるのは難しいでしょう。

2つ目に考えられるのが、お祭りなどの開催能力の低下。
イベントを開催するためには会場の設営や衣装を揃える必要がありますが、人口減少によって一人あたりの負担が増加し続けていることが懸念されます。この問題は既に表面化しており、麦屋まつりの開催日数が2019年を最後に2日から1日へ短縮されるとのこと。

山崎さんが「もっと有名になりたいとかもっとお金を儲けたいとか内心思ってはいるけれども、規模的に追いつかないよね、という感じですね」と仰っていた通り、五箇山民謡を地域外の人に知ってもらえる機会が減ることは、観光地として五箇山が存続する際の不安材料になるでしょう。

こきりこ祭りのクライマックスを飾る総踊り。現地の方々によると、お祭りとしての最盛期はおよそ半世紀も前だったそうで、国道を通行止めにしてみんなで踊ったこともあるそうです。 (C)2022 南砺市観光協会

そして3つ目の問題が、五箇山にある学校での継承活動が途絶える可能性があること。
現在、各保存会は小中学校の地域学習や、五箇山唯一の高校にある郷土芸能部の部員育成のために民謡を教えています。特に後者は全国高総文祭で例年高い評価を得ている他、地域内外の各イベントや公演に参加するなど、五箇山民謡のPRに不可欠な存在です。

しかしこのまま人口減少が進むと、いずれ平野部の学校に吸収されることは明らか。辻さんが「全国高総文祭の常連に佐渡島の分校が名を連ねていたが、新潟の本校と合併してから減退した」ことを引き合いにして、危惧を持っていたのもうなずけます。

もちろん、五箇山民謡を保存継承するシステムが一朝一夕に崩壊することはないでしょう。しかし、人口減少と高齢化に歯止めがかからない以上、いずれその日が訪れる可能性は十分にあります。

コロナ禍によって現状を俯瞰する時間ができたからこそ、「五箇山民謡が存在する」日常が当たり前でなくなる可能性を再認識する機会になったのかもしれません。

平高校郷土芸能部の練習風景。およそ45名の部員数を誇ります。 (C)2022 南砺市観光協会

おわりに

いかがでしたか?最後は社会課題にも触れましたが、今日における五箇山民謡の存在価値とコロナ禍の影響、そして維持し続けることの大変さがお分かりいただけたかと思います。

人々の行動の変化、ひいては長年に渡る人口減少はほとんどの地方が抱えている問題です。現状下ではコロナ禍後の観光や文化経済のあり方に注目が集まっていますが、それも保存会や現地の方々による尽力があってこそ。

課題大国と称される日本で民俗文化をいかに永続させるか、真剣に議論する必要があるのではないでしょうか。

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祭り開催情報

名称 【2021年開催中止】こきりこ祭り
開催場所 富山県南砺市上梨
開催日 2021年9月25日(土)、2021年9月26日(日)
毎年9月25日、26日に開催。
アクセス JR城端線城端駅から加越能バス五箇山・白川郷方面行きで34分、上梨下車すぐ
関連サイト https://www.mapple.net/spot/16000468/
https://www.info-toyama.com/event/40030/
この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
イギリスの大学で音楽学を専攻しています。研究分野は民謡を中心とした民俗音楽と、盆踊り。中部地方のお祭りをメインに、民俗芸能・祭りの歴史などについてご紹介します!

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