幕の向こう側にひょこっと現れるのは、小さな人形たち。人間同様に喜怒哀楽を表現でき、笑いあり涙ありの演目を見ていると、そこには魂が込められているようにも感じる。
石川県白山市松任ふるさと館にて2021年10月17日、人形浄瑠璃のイベント「尾口のでくまわしと徳米座」が開催された。人形浄瑠璃の研究家であるマーティン・ホルマンさんのトークショーの後、石川県と徳島県の3団体の人形浄瑠璃の演舞が披露された。
国際的な視点に加えて、石川県と徳島県という国内団体同士の交流、江戸時代と現代との演目の比較など、様々な視点で楽しめる人形浄瑠璃のイベントだった。個人的には獅子舞の研究をしているため徳米座の夫婦獅子に非常に関心があり、現地を訪れた。
人形浄瑠璃の面白さとは?
このイベントはまず、人形浄瑠璃の研究家、マーティン・ホルマンさんのトークから始まった。ホルマンさんは、白山市の姉妹都市である米国コロンビア市内のミズーリ州立大学の元教授で、現在は徳島市に移住して人形浄瑠璃研究家を務める傍ら、関西学院大学の講師をお務めだ。近松門左衛門が脚本を描いた「曽根崎心中」の繊細な動きに感動して、日本の人形浄瑠璃に興味を持ったという。
人形浄瑠璃の特徴は、「人の感情を布でできた人形に託す」ことにあるとのこと。つまり、俳優のように役柄を自分の身体を使って演じるのではなく、人形遣いが人形に感情を託すことによって、人形浄瑠璃は成立するのだ。それでも見る人は演技に感動することができるという内容はとても興味深かった。今回はご自身が2019年に結成された徳米座の演じ手としてもご出演されたが、実際に演じ手としても活躍されているホルマンさんのお話はリアリティに溢れていた。
伝統的な人形浄瑠璃、2団体の演目
ホルマンさんのトークの後、石川県白山市内に受け継がれる伝統的な人形浄瑠璃が披露された。まず初めは、東二口(ひがしふたくち)文弥人形浄瑠璃保存会による「大織冠(たいしょっかん)」という演目。江戸時代の古浄瑠璃の演目で、香川県「志度の浦」に伝わる玉取伝説を脚色して制作された、宝珠を巡る争いの物語である。
東二口では元々、旧正月に浄瑠璃が継承されてきた。現在は人口15名ほどの地域となっているが、変わらず伝承されているという。実際に拝見してみて、比較的繰り返しの動作も多く、言葉も昔のものを使うため、物語のあらすじを追うことは難しかった。しかし、歴史の古い人形浄瑠璃を現代を生きる私たちが見ることができるというのは非常に貴重な機会だ。これも、数少ない地域の方々の想いあってこそである。
石川県白山市内に受け継がれる伝統的な人形浄瑠璃として、もう1つ深瀬木偶回し保存会の演目「源氏烏帽子折」が披露された。これは旧尾口村深瀬地区という場所に伝わる人形芝居「でくまわし」の演目の1つで、源氏と平氏の争いを題材にしたものだ。でくまわしは江戸時代に旅芸人がもたらした、力強い足拍子と素早く回転する心棒が特徴的な人形芝居である。現在、深瀬地区自体はダム湖の中に沈んでしまったが、集団移転先の深瀬新町の地域住民等が継承している。これも住民の想いによって支えられている、歴史ある人形浄瑠璃だと感じた。
現代的な人形浄瑠璃、徳米座の演目
石川県白山市の2団体の公演の後、最後に登場したのが徳島県で活動する徳米座だ。徳米座は2019年9月に結成された伝統人形芝居の一座である。この団体に所属するメンバーは海外出身の方もおり、国際色豊かだ。日本語、英語ともに使い分け、公演やワークショップを実施されている。先ほどの2団体の演目とは一風変わって、かなりコミカルな「夫婦獅子舞」「戒舞」という2演目が披露された。観る側からするとストーリーがわかりやすいので親しみを感じた。
人形浄瑠璃の獅子舞の魅力とは?
ここで、「夫婦獅子舞」の演目について詳しく見ていきたい。多くの獅子舞は「人が獅子を動かす」ことによって行われる。一方で、人形浄瑠璃の演目として獅子が登場する場合は「人が、獅子を動かす人形と獅子の人形、2つを操る」ことで成立するのだ。今回は徳米座のオリジナルの演目で、江戸の糸繰り人形を元に創作されたとのこと。
演目の意図としては、雄獅子がおかめと雌獅子を間違ったことに対して、雌獅子に許してもらおうとする様子をコミカルに描きながら、新型コロナウイルスによる苦境を一緒に乗り越え、みんなで一緒に笑い合おうという意味が込められている。以下の写真は、登場した獅子がおかめに渡された風船ガムを、プクーッと膨らませる様子。ここから、会場内には笑いがあふれ、和やかな雰囲気に包まれていった。
おかめが持つ花の香りに誘われる獅子も、なかなかに可愛らしい。
飛ぶ蝶を獅子が追いかける場面もあった。
客席のお客さんを厄払いするため、獅子がお客さんの頭を噛んでいたところ、途中で劇団員にマスクを被せられるシーンもあった。新型コロナウイルスの流行という社会情勢を演目にも取り入れたようだ。
それから雌獅子が登場して、おかめが持っていた花を口に咥えた。そして、雄獅子と雌獅子は持ってきた花飾りやサングラスをお互いの首に掛け合った。
最終的には、雄獅子と雌獅子の間に、蚊帳を身につけていない小さな獅子の子供が登場!「夫婦獅子」の演目はここで終了となった。
次に行われた「戒舞」の演目では、恵比寿様が最終的に大きな鯛を釣り上げるという内容だったのだが、そのプロセスも非常にコミカルなものだった。恵比寿様が鯛ではなくてピカチュウを釣り上げた時は驚いた。現代の人ならば大半の人が知っているキャラクターが登場して親近感が湧いたし、とても分かりやすいストーリーだと感じた。
伝統芸能を次の世代に受け継ぐには?
今回のイベント「尾口のでくまわしと徳米座」は午前10時に始まり、お昼頃には終了した。約2時間と短い時間ではあったが、人形浄瑠璃を初めて拝見した私にとって、新鮮で濃密な時間を過ごすことができた。伝統を受け継ぎそれを残していくという点では、白山市の2団体のように、昔の言葉を使って演じ方も大きく変えることなく見せていくということも大事だろう。
一方で、それを現代の人でも分かりやすいように、ユーモアを入れつつアレンジして伝えていくことで、人形浄瑠璃に関心を持つ人を増やすことができるかもしれない。そう考えると、ホルマンさんのように、外から見た人形浄瑠璃の素晴らしさに気づかせてくれる存在も貴重である。「伝統芸能を次の世代に受け継ぐには?」という問いを考えるのに、必要な要素がぎゅっと詰まっていたイベントだった。
なお、当日の様子はオンライン配信され、現在はアーカイブを見ることができる。ぜひ、3団体の演目それぞれの魅力を味わってみてほしい。