全国の代表的な霜月神楽4選!
ここまで、霜月神楽で行われる「湯立」と「神楽」それぞれの解説と、両者が結びついたものが「湯立神楽」という神楽の一種であり、霜月神楽のほとんどがこの湯立神楽に分類されていることをお伝えしてきました。
そして、「湯立神楽」と「霜月神楽」がしばしば同義的に扱われるほど、霜月に湯立神楽が行われることが多い理由には、この時期に「冬至」が訪れることが関係しています。
一年で最も日照時間が短くなる冬至は、太陽の力と共に、生命力も弱まるとされてきました。そこで、湯を沸かして神々をもてなし、さらにその湯を浴びることで生命の復活への願いをこめて霜月神楽が行われているのです。
また霜月神楽はその特徴からしばしば「寒い・眠い・煙い」の「3むい祭り」とジョークまじりに言われますが、寒い時期に・夜を徹して行われる・湯を立てるための炎で煙いという、霜月神楽の特色をよく表しています。
ここからは代表的な霜月神楽を4つご紹介します。
◎保呂羽山の霜月神楽(秋田県)
この投稿をInstagramで見る
秋田県横手市の波宇志別(はうしわけ)神社では、毎年11月7日に「保呂羽山(ほろうさん/ほろわさん)の霜月神楽」が行われています。
保呂羽山、御岳、高岡の三山の神霊を迎えて今年の収穫に感謝し、来る年の五穀豊穣を祈願するための神楽として伝えられ、1,200年もの歴史があるとされています。
祭壇近くに置かれた二つの湯釜を前に神事が行われ、「五調子」「湯加持」「天道舞」「伊勢舞」「保呂羽山舞」など33番もの神楽が、夜を徹して舞われます。中でも最も重要な「山神舞」は丑の刻(午前2時ごろ)に舞うのが正式とされ、およそ40分にわたって舞われます。
保呂羽山の神楽では、巫女が重要な役割を果たしています。巫女によって舞われる「神子(みこ)舞」は、古代、神託を得るために巫女自身に神を降ろす儀式がルーツになっています。保呂羽山の神楽では舞の途中で巫女が「託宣」により神さまの言葉を伝える場面があり、巫女の原型とも言える姿をよく残していると評価されています。
◎花祭(愛知県)
花祭は、「奥三河」と呼ばれる地域で開催される湯立神楽で、毎年11月~3月に愛知県北設楽郡東栄町、豊根村、設楽町の各集落で行われています。それぞれの地区に特色があり、手順も微妙に異なっていますが、一昼夜をかけてさまざまな神事がしきたりにのっとって行われます。
行事の起源ははっきりしませんが、神事には修験道に由来するものが多く、吉野・熊野の修験者から伝わったものだと考えられています。
花祭の全体の流れとしては、禊の「滝祓い」、75もの供物を並べる「天の祭り」、そして「湯立て」など神を迎えるための神事が行われたのち、神をもてなすために数々の舞が披露されます。
子供たちによる「花の舞(稚児の舞)」に、沸かしたお湯を周辺にふりかける「湯囃子」。このお湯をかぶると、病気にかからないと言われて皆びしょびしょになりながら湯を浴びます。お祭りでは、観客も神職も一緒になって「テホへ、テーホへ」という独特の掛け声で盛り上がります。
舞の中でも、「鬼」の登場は花祭のクライマックス。山見鬼、茂吉鬼と呼ばれる鬼に加えて、一番重要な鬼とされている「榊鬼」は、サカキの枝を手に持ったり、腰に刺しているためにこう呼ばれています。
この時期、太陽や生命の力が弱まると考えられていると前述しましたが、花祭では、山から降りてきた鬼が生命の再生を担います。ですから、鬼と言っても、花祭の鬼は神さまそのものと言ってもいい存在なのです。
榊鬼は、その所作の中で修験道の「反閇(へんばい)」を繰り返し、悪霊を鎮め、大地のパワーを再び呼び起こします。一連の舞が終わった後、神さまをお見送りするための儀式が行われ、祭は終わりを迎えます。
◎遠山の霜月祭り(長野県)
この投稿をInstagramで見る
「遠山の霜月祭り」は、長野県飯田市の南部、静岡県との県境に位置する「遠山郷」と呼ばれる地域で開催される湯立神楽。毎年12月に各集落で日を違えて行われています。
この祭りは、9世紀頃に行われていた湯立神事がほぼそのまま伝承されている貴重な例。神社内に湯釜を設け、一昼夜をかけて神事や舞を奉納します。
祭りは二部構成になっているのが特徴で、全国の八百万の神々を迎え、湯立てと舞を繰り返す神事が第一部。神々を帰した後、遠山郷の領主であった遠山氏の御霊や、地元の神々に扮する面をつけた人々が舞い踊ります。神々が、踊りながら素手で煮えたぎる湯を跳ね飛ばす「湯切り」は迫力満点です。
2001年に大ヒットしたアニメ映画「千と千尋の神隠し」は、疲れた身体を癒しに神々がやってくる不思議な町を舞台にしていましたが、この着想は遠山の霜月祭りから得られたそうです。
◎天龍村の霜月神楽(長野県)
この投稿をInstagramで見る
長野県下伊那郡天龍村の3地区で、毎年正月の1月3日から5日にかけて行われる三つの祭りの総称が「天龍村の霜月神楽」です。向方(むかがた)地区の「向方のお潔め祭り」、坂部(さかんべ)地区の「坂部の冬祭り」、大河内地区の「大河内の池大神社の例祭」で湯立神楽が行われています。
どの祭りも、夜通し湯立てと舞が繰り返され、全体に神事色がきわめて強いところが特徴。「坂部の冬祭り」を例にとると、祭りの始まりは日暮れ時。神輿行列が大森山諏訪神社の境内に設られた大松明の周辺を、伊勢音頭を歌いながら回ります。
その後、湯立ての釜を浄め、子供たちが「花の舞」を舞い始め、湯たてを繰り返しながら舞が奉納されます。明け方には、赤鬼が大まさかりを持って現れ、二人の宮人が捧げ持つ松明を切る「たいきり面」が行われます。火が舞殿いっぱいに飛び散り、この祭りの一番の見所となります。鬼が出てくるところなどは、前述の花祭と似ています。
他の2地区では面をつけずに舞が行われ、向方では、扇、やちご、剣などを手に舞い、大河内では、祭りの終わりに行われる「鎮めの舞」が極めて厳粛に行われるところに特徴があります。
まとめ
この記事では、毎年霜月(旧暦11月)頃に開催される「霜月神楽」の内容である「湯立」という神事と「神楽」の基礎知識から、それらが結びついた「湯立神楽≒霜月神楽」とその代表的な例までじっくりと紹介しました。
今回事例として紹介した霜月神楽は、いずれも国指定の無形民俗文化財に指定されている、非常に特色ある民俗芸能。ぜひ一度現地に足を運んでみてはいかがでしょうか。