東北地方の短い夏を彩る夏祭り「ねぶた・ねぷた」。青森県弘前市の「弘前ねぷた」は、東北三大祭りの1つ「青森ねぶた」とは一味違い、扇型の山車「ねぷた」に描かれた日本画「ねぷた絵」が特徴です。表面の勇壮な武者絵と、対照的に描かれる背面の美人画が見る人を惹きつけます。
国立民族学博物館では長年にわたってねぷたを展示をしていましたが、今回、27年ぶりにねぷた絵を貼り替えることが決まりました。さらに、ねぷた絵師・三浦吞龍(みうらどんりゅう)氏による制作実演も予定されており、滅多にないねぷた絵を間近に感じられる貴重な機会となっています。
ねぷた絵の貼り替えとは?
そもそもねぷたは、夏の農作業で人々を悩ませる睡魔や病魔を払う行事「眠り流し(ねぶりながし)」にその起源があるとされ、江戸時代の灯ろう流しから発展しました。ねぷたは灯ろうが大きくなったものとも言えます。1980年には青森ねぶたと共に国の重要無形民俗文化財に指定され、その芸術性と伝統的な価値が認められています。

ねぷたは扇型の骨組みとねぷた絵で構成され、ねぷた絵の貼り替えは、ねぷたの制作工程においてはクライマックス。最後の仕上げとなります。ねぷた絵はねぷた絵師が主に三国志や水滸伝などを題材にアトリエなどで新たに描き下ろし、ねぷた団体が毎年骨組みに貼り替えます。ねぷたは大きいものだと高さ9メートル、幅7メートルもあるため、貼るだけでも作業としては大変な力仕事です。接着剤などで丁寧に貼り付けていくため、慎重さを要する工程です。
ねぷたの最大の特徴は、「動と静」のコントラストにあります。表面に描かれる勇ましい武者絵「鏡絵(かがみえ)」はまさに「動」。背面に描かれる優美で繊細な美人画「見送り絵」は「静」を表現しています。その大胆さと繊細さの融合は高い芸術性を持ち、弘前ねぷたまつりではそのねぷたが街中を運行します。
ねぷた絵師・三浦吞龍氏から聞くねぷた絵の見どころ
三浦氏は50年以上にわたって第一線で活躍するねぷた絵師です。今まで600台以上の大型ねぷたを手掛けてきました。国立民族学博物館に収蔵されているねぷたについても1979年の展示当初からねぷた絵の制作を担当しています。ねぷた絵を通じた国際交流や、NHKの舞台用作品としてのねぷた制作など、ねぷたの普及や文化振興のために尽力してきました。

今回のねぷた絵の貼り替えは、三浦氏にとって27年ぶり。三浦氏によると、27年も経ち劣化が進んでいたこともあり、今回の貼り替えに至ったと言います。
三浦氏がねぷたの鏡絵に選んだテーマは「川中島の合戦」でした。武田信玄と上杉謙信の対決を描く、最もポピュラーな題材です。鏡絵の題材は、中国の『三国志』や『水滸伝』のほか、日本の戦国武将やその逸話などのシーンが選ばれます。三浦氏が描いた今回の鏡絵では、武田信玄と上杉謙信がにらみ合い、躍動感のあるポーズで対峙しています。ねぷた絵はその迫力を出すため、人物や構図が特有のデフォルメで描かれていることも特徴。一枚の絵から時代を超えて語り継がれる歴史や文学のロマンを感じさせます。

また、背面の見送り絵には「八重垣姫(やえがきひめ)」が描かれています。八重垣姫は上杉謙信の娘で、武田信玄の息子との悲恋物語が歌舞伎の演目として登場します。鏡絵と見送り絵は、物語やテーマで関連付けられて描かれ、「動と静」だけでなく、真逆の主題と表現方法を持ち、強烈な対比を生み出しているのです。ねぷた絵師のセンスや技術を感じ取れるポイントでもあり、ねぷた絵師に感銘を受ける子どもも少なくありません。

ねぷた絵師の工夫と貼り替えへの想い
国立民族学博物館ではねぷた絵の貼り替えだけでなく、三浦氏が額絵3枚を描く、実演を見学することもできます。額絵はねぷたの台座の部分にあたり、三浦氏が下絵からロウ付け、色塗りまで行います。ロウ付けというのは、ねぷた絵の美しさと独特の立体感を生み出す、特徴的な技法です。特に夜に輝くねぷたでは、内部からの照明でロウ部分が白く透け、絵に深みと立体感を与えます。
三浦氏に聞いたところ、このロウ付けによって描かれるねぷた絵の美しさは実際に祭りで見るまで分からないと言います。絵は、描くときは床の上ですが、実際にねぷた絵として披露する際は立体として立つことになります。その上、内部からの発光による透け具合は想像と経験でしか分からない部分。この見え方の違いは三浦氏でもイメージが異なることもあるそうで、だからこそねぷた絵の世界は奥深いのかもしれません。
大阪での展示について三浦氏は「川中島の合戦という日本の武者絵としての伝統を引き継いだ題材を選んだことで、ねぷた絵になじみがない人でも身近に感じてもらえるのでは。ねぷた絵はアートである一面、祭りの中の絵として客観性を持たせる必要がある。一人でも多くの人がねぷた絵を通じて祭りに興味を持ってもらえるとうれしい」と語っていました。
国立民族学博物館
住所:大阪府吹田市千里万博公園10-1
アクセス:梅田駅から阪急電鉄宝塚線「蛍池駅」、大阪モノレールで「万博記念公園駅」へ
万博記念公園駅中央口より徒歩約15分
日時:11月6日(木)・7日(金) 10:00〜16:30(両日)
三浦吞龍氏によるねぷた絵制作実演は、6日:10:00〜、14:00〜 7日:10:00〜
弘前ねぷたまつり

毎年8月1日から、7日間にわたって行われる「弘前ねぷたまつり」の合同運行では、大小約70台ものねぷたが街の中心市街を運行し、各団体が趣向を凝らしたねぷた絵の美しさを堪能できます。笛や太鼓などが奏でるねぷた囃子に「ヤーヤドー」の掛け声。そして夏の夜に輝くねぷた。この熱気や哀愁は祭りでしか味わうことができません。
開催日時:毎年8月1日~8月7日
アクセス:大阪国際空港(伊丹空港)から青森空港、弘南バス空港連絡バスで「弘前駅」へ