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赤坂氷川神社とは?御朱印に独特な書体が記される神社に展示される神輿や山車

更新日:2021/10/8 obaq
赤坂氷川神社とは?御朱印に独特な書体が記される神社に展示される神輿や山車

神社名が独特な書体で記される御朱印

全国各地の神社や寺院では参詣の記念に御朱印を頂くことができます。朱印帳に訪れた神社や寺院の御朱印が並ぶと、貴重な思い出となり写真とは趣の異なる味わいが滲み出てくるものでしょう。東京都港区に社殿を構える赤坂氷川神社の御朱印の中央には、氷川神社、東京赤坂鎮座の文字が独特な書体で記されます。さらさらと水が流れる川がイメージされます。右下には、明治維新後に天皇が新しい都の鎮護と万民の安泰を祈願された准勅祭社「東京十社」の一つであることを示す「元准勅祭十社」の文字が押印されます。

赤坂氷川神社の御朱印

赤坂氷川神社の御朱印は、社殿の東に設けられた授与所で頂くことができます。他にも境内に社殿を構える四合稲荷(しあわせいなり)の御朱印や、例大祭などの祭事に合わせた限定御朱印なども準備されています。四合稲荷の社名印には、拝殿内に納められている勝海舟が揮毫した扁額「四合稲荷社」の墨跡が用いられています。オリジナルの御朱印帳は、御神木の大銀杏の葉が、水色、桃色、緑色の3色でデザインされたものです。

四合稲荷の御朱印

赤坂氷川神社のオリジナル御朱印帳

赤坂氷川神社の社殿

社殿の東に設けられた授与所

授与所の窓口

バラエティー豊富な授与品

授与所の窓口には商売繫昌守、縁結守、仕事縁守、安産守、子宝縁守など願いごとに応じた様々なお守りの中に、境内に育つ大銀杏をデザインしたお守りが並んでいます。他にも干支手ぬぐいや、鈴、絵馬などの授与品のバラエティーは豊富です。

商売繫昌守

仕事縁守

子宝縁守

願の糸守

いちょう守

干支手ぬぐい

花福土鈴

やかん鈴

絵馬

干支おみくじ

1730年に徳川吉宗が建立した現在の社殿

赤坂氷川神社は平安時代の951年に、この地で一夜を明かした蓮林僧正が、夢の中で御祭神のお告げを受け社殿を造営したことに始まると伝わります。現在の社殿は、1730年に江戸幕府第8代将軍の徳川吉宗が建立したものです。大きな雲形組物や吹寄せ垂木など重厚な意匠が取り入れられた建物は、数々の戦災、震災の被害を免れ東京都の有形文化財に指定されています。

赤坂氷川神社の解説パネル

1730年に建立された社殿

社殿の参拝所

社殿内

社殿の南に向かい合う桜門を潜り境内に出ると、2つの鳥居を繋ぐ石畳みの参道の両側には豊かな緑が溢れます。都心の赤坂にいることを忘れてしまいそうです。境内の中央には幹の周囲約7.5メートルの大銀杏が育っています。推定樹齢400年で社殿の建造前の江戸時代の初期から歴史の変遷を見守ってきました。境内の東の四合稲荷は、周辺の4つの神社を合祀して造営され、勝海舟によって「四社を合祀」、幸福の「しあわせ」をかけ、「しあわせいなり」と名づけられました。

桜門

境内南の一の鳥居

境内に育つ大銀杏

摂末社の四合稲荷

赤坂氷川祭で赤坂を練り歩く宮神輿や山車

赤坂氷川神社では一年を通して様々な年間行事が開催されていますが、最も大きな規模で行われるのは9月中旬の赤坂氷川祭です。江戸時代には幕府の篤い保護を受け2基の宮神輿と13本の山車が巡行していました。明治時代に入ると社会の変化によって祭礼の規模は縮小されました、徳川吉宗の将軍就任300年の節目となる2016年に、宮神輿と江戸型山車の連合巡行が復活しました。境内の神輿庫、山車展示場では、祭礼の日に赤坂を練り歩く宮神輿と山車を間近で見ることができます。

境内に掲示される赤坂氷川祭の紹介写真

神輿庫

神輿庫に保管される宮神輿

山車展示場

東京都港区の赤坂氷川神社の御朱印には、神社名が独特な書体で記されます。境内は都心にありながら緑に溢れ、推定樹齢400年の大銀杏が江戸時代からの歴史の流れを見守っています。2016年には江戸時代の伝統を受け継ぐ赤坂氷川祭が復活しました。祭の当日には赤坂を巡行する宮神輿と山車は、境内の神輿庫、山車展示場で大切に保存されています。

この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
2010年より旅行系のフリーライターとして各種メディアで記事の執筆を行っております。「おまつり」には各々の地域の歴史や伝統、文化が凝縮しています。関東地方で開催されている「おまつり」を中心に、その魅力を紹介して参ります。

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