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巨大な怪物「グズ」の正体って何!?災厄を払う「ぐず焼きまつり」の真相に迫る

更新日:2022/8/31 いなむ
巨大な怪物「グズ」の正体って何!?災厄を払う「ぐず焼きまつり」の真相に迫る

石川県加賀市には「グズ」という大きな怪物が焼き払われる「ぐず焼きまつり」という祭りがある。

グズとは一体、何を意味するのだろうか?一見すると、蛇やワニに見えなくもないのだが、祭りが行われる8月27日、実際に現地を訪れてその正体や由来について探ってきた。

ぐず焼きまつりとは何か?

このお祭りは毎年8月27日から29日の3日間、石川県加賀市動橋(いぶりはし)町の振橋神社で行われる。前夜祭が行われる27日の夕方に、「化けグズ」と呼ばれる張り子の神輿を担ぎ町内を練り歩いたのち、神社の境内で燃え盛る火の中に「化けグズ」を投げ入れ、一気に燃やす(2022年はコロナ禍で練り歩きは中止)のだ。

ところで、この「化けグズ」とは一体なんだろうか?グズとは淡水に棲むハゼの幼魚のことで、ゴリとも呼ぶ。この魚は地元の動橋川でよく見られる。今では河原が少なくなって川に入ることもなくなったが、昔は子供達がよく川遊びで捕まえていた魚だった。食べても美味しくないから「くず」と呼んでおり、それが変化してグズと呼ぶようになったそうだ。振橋神社にはこのグズという魚の像がある。

圧巻の光景!ぐず焼きを見てきた

ぐず焼きまつりの会場となる振橋神社は、北陸本線の動橋駅から徒歩10分ほどのところにある。まずは8月27日のお昼過ぎにこの神社を訪れた。夜にグズが焼き払われる前に、その展示があるというので見ておきたいと思ったからだ。

神社の参道の両脇には祭りの絵が貼られた灯篭が何本も立っており、狛犬にはお祝いの前掛けがつけられていた。「今日は祭りの日」という実感が高まってきた。

大きな口を開けたグズが神社の境内にどどーんと置かれていた。小さいハゼという魚がこんなに大きなグズとして表現されるなんて驚きだ。これを想像した地域の方々の発想力は素晴らしい。

よく見ると、グズの側面には子供達が登れるようにちょこんと段が設けられている。身体中に貼られているのは、地域の方々の願い事だ。

「ぐずに願いを」ということで、近くのテントで願い事を書けるようになっていた。「ウルトラマンにたくさん会えますように!!」や「ディズニーランドに行きたいです」など、子どもたちの素朴な願いが込められているのがとても微笑ましかった。

グズは一匹だけではなく、何匹も作るのだとか。燃やすのは一匹だけなのだが、そのほかに展示用のグズもあって、デザインがそれぞれ違うのが面白い。グズは藁や竹など、お金をかけずに地域の余り物を生かして制作されるという。

神社には獅子舞も待機しており、お客さんがご祝儀を払うとその場で舞ってくれるという仕組みだった。コロナ禍で町内を回れない分、神社に来た人にだけ任意で獅子舞を見せるということらしい。

次の日には、地区会館などの町内の主要な場所での演舞も行われるという。

さて、夜になった。徐々に振橋神社に多くの人々が集まりはじめ、屋台も賑わいを見せている。

グズが焼き払われるのは夜の21時から。地域の人々はこのぐず焼きまつりのクライマックスを見ることを心待ちにしているようだった。

グズと火を付ける木材を神社の神職の方がお祓いをしたのち、いよいよ木材に火がつけられた。夜の暗い境内を赤々とした火が照らし出し、歓声が上がる。

そして、ぐずを持ち上げ、かがり火の回りをぐるぐると回り始めるのだ。

あたりは昼とは雰囲気がうって変わり、どこかおどろおどろしい空気感が漂っている。大きなグズが傾いたり向かってくることで、観客たちから大きな歓声が上がった。

地域の大勢の人々は周囲から、息を飲むようにその動向を見つめている。

最後はこのグズがかがり火の中に投げ込まれて終了!投げ込まれてからは火の周りを人々が回り始め、焼き崩れるグズをただひたすら見つめていた。

その一部始終はこちらの動画にもまとめたので、ぜひご覧いただきたい。

グズが焼き払われた後は、グズ退治の物語を謡う民謡である振橋節(しんきょうぶし)の踊りが始まった。

この踊りを現在完璧に継承しているのが衣装を身にまとう2人の女性のみ。地域の人々は見よう見まねで、その2人とともに踊り出した。

踊りは太鼓の音とともに続いていく。夜22時を回ってもその音は町内に響き渡っていた。日本全国でもなかなか珍しいこのぐず焼きまつりの前夜祭。いきなりすごいものを見せられたという思いとともに、その由来が気になった。

ぐず焼きまつりの由来

動橋地区まちづくり推進協議会は令和2年8月、『ぐずやきまつりのすべて』という本を刊行。ぐず焼きまつりに関わる伝承を細かく記録し、冊子にまとめあげた。その時の功労者である前川真一さんに、このまつりの詳細についてお話を伺うことができた。

動橋町に存在する動橋川は曲がりくねった川で度々氾濫していた。それに伴い川に架かる橋が揺れ動く様を「振橋」あるいは「動橋」と呼ぶようになったのが地名の由来だ。この地域では大洪水が起こると田畑が荒れて飢饉が起こることも度々であったため、昔から地鎮祭ということで稲の収穫前後に神様に祈りを捧げるお祭りをしてきたという。

いつしか動橋川の氾濫の様子を「怪物」が暴れる様子に見立てて、「怪物退治」と称してかがり火を焚くことを、大正時代に「屑焼き祭り」と呼ぶようになった。ただしこの屑焼き祭りのかがり火が大きくなりすぎたために、昭和2年に消防署からかがり火の禁止命令が出てしまった。そこで「くず」を燃やすのではなく「ぐず」を担いだら面白いのでは?という意見が出てきたという。それが現在のぐず焼きまつりの基礎になったというわけだ。

神社の古い伝承をいくつか組み合わせ「化けグズ」が田畑を荒らし村を壊す災厄の象徴として、物語が創作された。

コロナ禍でのぐず焼きまつり

戦争時は1年のみ中止になっただけで、今までずっと継続してきたぐず焼きまつり。2020年、2021年はコロナ禍で中止になってしまい、これは今までで異例の事態だったようだ。今回は町内でも様々な意見が上がったものの、最終的に乱舞は無しでグズの展示と焼き払いのみを実施した。

ちなみにコロナ禍でなければ、いつもグズたちが動橋駅前に10体ほど勢揃いして乱舞したり町内を練り歩いたりすることもあるようで、その画像も見せていただいた。上記の冊子に載っていた写真もここに掲載させていただこう。

ぐず焼きまつりの奥深い魅力

ところで、山陰に伝わるヤマタノオロチ退治は揖斐川の氾濫を抑える意味があったように、日本全国各地で川の氾濫を抑えることとと毒蛇退治は密接に結びついている。ただし、動橋町のグズ焼きまつりの場合は毒蛇ではなく、地域の人々に親しみのある魚であるゴリをモチーフとしている点がとても珍しい。

また、屑や藁を燃やすという観点から、お正月の左義長やどんど焼きと似ているが、この地域では左義長はグズ焼きまつりと別で行なっているようだ。ちなみに、昔からグズ焼きまつりは「雨まつり」として知られており、台風の時期でもあるので、この祭りの日に晴れるのは珍しいとのこと。今回も確かに不思議と雨がポツポツ降っていた。

様々な信仰との関わりの中で生み出されたグズ焼きまつりは歴史こそ新しいものの、太古から脈々と続く信仰の延長にある祭りに思えてくる。

また、地域の余り物を使い、土地の歴史的文脈を拾い上げて創作された祭りの物語には、強い必然性や奥深さを感じる。末長く伝承された先にぐず焼きまつりはどのように語り継がれていくのだろうか?とにかく「すごいものを見た」という感想がふさわしいお祭りであった。

<参考文献>
動橋地区まちづくり推進協議会『ぐずやきまつりのすべて』(令和2年8月)

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この記事を書いた人
オマツリジャパン オフィシャルライター
獅子舞マニアです。ライターやカメラマンをしています。趣味は、獅子舞の鼻を撮影することです。その他クレイジーな祭りにも潜入します。

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