「誕生獅子」という珍しい獅子舞がある。その名の通り、父獅子と母獅子との間に子獅子が生まれるという獅子舞だ。子獅子が誕生した瞬間は、本当に驚きであり、観客からは「お〜!」という歓声があがる。
見ているだけで分かりやすく楽しい舞は国内外を問わず、祭礼や舞台公演だけでなくパーティーなどにも呼ばれ好評を博している。特に、おめでたいストーリーは結婚式の披露宴でも大人気だという。
誕生獅子は、兵庫県で獅子舞を習っていた木藤準人さんが東京で2003年に始め、「誕生獅子保存会」の立ち上げを経て現在まで東京で舞い続けている。
地方の獅子舞を東京で受け継ぐ稀有な獅子舞団体がトライする、新しい獅子舞の継承方法。その課題や工夫について、また、誕生獅子の活躍の場が広がる現代的なニーズについて聴くため、2023年12月に東京都の五反田で行われた練習会に伺った。
誕生獅子が始まったきっかけは、転勤と結婚式
ーー誕生獅子が東京で始まった経緯を教えてください。
もともと神戸で生田神社の獅子舞を習っていましたが、仕事の都合で神戸から東京に転勤して、東京でもやろうという流れになりました。そのきっかけは2003年に「結婚式の余興で舞ってほしい」と、獅子舞を依頼されたことでした。
2003年5月に依頼されて、結婚式の本番が10月でした。5か月あればできるかもしれないということで、一生懸命準備をしました。最初は生田神社から獅子舞の道具をお借りして、宅配便で道具を送ってもらいました。お囃子は人数が揃わなかったんですが、生田神社の音源をラジカセで録音して持ってきました。結婚式の当日はとても喜んでもらえました。
ーー誕生獅子保存会はいつから活動しているのですか?
新しい団体にしようということは当初考えていなかったのですが、最初の時の練習の過程が楽しくて、他の人の結婚式でもやりました。それが3回くらい続いて、「誕生獅子保存会」のホームページを作ったら、外部からも演舞をしてほしいという問い合わせが来るようになりました。
ーー生田の獅子舞と誕生獅子の違いはなんですか?
基本は一緒ですね。生田神社の元の獅子舞に忠実にその伝統を継承しています。誕生獅子は「胡蝶崩し」というのがもともとの演目で、それを誕生獅子と名乗って、活動を始めたんです。僕の師匠に教わったことを、誕生獅子保存会のメンバーに伝えています。あとは子獅子の油単(胴体のこと)の色が違っており、誕生獅子の方はオレンジ色で目立ちます。違いといえばそのくらいですね。
国境すら超える活躍の舞台と広がる現代のニーズ
ーー誕生獅子の演舞を行ったうちで変わった場所はありましたか?
生田神社がある神戸市の海外姉妹都市の関係で、ドイツに派遣されたことがありました。生田神社が神楽や太鼓などを合わせた「神事芸能団」を結成したので、そこに加わらせてもらったんです。ドイツで誕生獅子は、めっちゃ反応良かったですね。日本の子どもは泣いてばかりですが、向こうの子どもたちはあまり泣かないです。仮装している人が来たって感じの反応ですね。
他に変わった場だと海上自衛隊の忘年会に出たこともありました。アメリカ海軍と日本の海上自衛隊の交流パーティーで、お披露目したんです。誕生獅子は分かりやすくて呼びやすい獅子舞なのだと思います。アメリカ人に「頭を噛まれるとラッキーなことが起こるといわれているから、噛まれておくといいよ」という説明をしてから、観てもらいました。
あとは浅草のサンバチームからサンバカーニバルに誘われて、出たこともありました。サンバチームがオリジナルソングを作らねばならなくて、日本の四季をテーマに作った時、「日本の獅子舞があったらいいんじゃない?」という話が出てきたそうなんです。獅子舞の格好で、ステップはヘビーなサンバ、というシュールな感じでした。(一同笑)
獅子舞をやってて楽しいのは、演舞のためにあちこち旅行に行けるところですね。さまざまな場所で演舞させてもらってますが生田神社から教わった神事としての軸はぶらしたくなくて、それを身につけているから、色んな場でやっていいのかなあって考えています。
ーー定期的な活動だと、どこで演舞されていますか?
近年は毎年1月にTHE こども寄席(2024年1月は豊洲、東京近郊で開催)、2月に東京都大田区の雪が谷商店街、6月に兵庫県の鬼子母神大祭などで演舞を行います。練習は月1回、五反田の文化センターなどで実施しています。
ーー改めていうと、誕生獅子の楽しさはどこにあると思いますか?
僕は誕生獅子の生まれた瞬間の驚きで喜んでもらえるのが嬉しいですね。午前中反応が鈍かった時があったとしても、午後は良かったとか、手応えが分かりやすい。おお〜!という声や拍手が湧くんです。それからこちらもその後の演舞が楽になりますね。
東京で一から担い手を募る。その課題と工夫
伺った練習会には約20名のメンバーが駆けつけていた。小学生から社会人まで、年齢も性別もさまざまで、お子さんと参加しているお母さんもいる。
ーー誕生獅子の担い手には、何歳からなれるのでしょう?
特に年齢制限はありません。幼稚園の頃から来てくれている子もいますね。うちは「脇」という獅子舞の前に立つポジションがあり、小さい子でもできます。三頭の舞いを把握して次の曲の合図を出し、「道中〜!」などと次の曲の声を出す指示を出す役ですね。ただそれっぽくはできるけれど、きちんと見せていくのは難しいです。しっかり練習していきます。
ーー誕生獅子には気軽に参加できる雰囲気があるように思いますが、子どもが参加しやすくなるような工夫などはありますか?
実際はメンバー足りなくて困っていて、「学校や大学にアピールしてみては?」と言われることもあるんですが、東京のどこかの地域に根ざしていないので、地盤がないんです。
どこを中心にやるかとなった時に、ここ数年は大田区や品川区の場所を借りています。練習日は月一回やりたいです。本当は毎月の第何曜日とか決めておけばやりやすいのですが、普段僕がサラリーマンで流動的な勤務日の仕事なので、日にちや場所を変えざるを得ません。そういう中でも声を掛け合って、継承しています。
全国を見渡すと獅子舞の担い手といえば「男性のみ」という地域も多い。そんな中で、垣根を取っ払った獅子舞という印象を持った。それこそが地盤のない獅子舞が担い手を募る工夫の一つともいえるだろう。
また、地域学習などの文脈で小学校等の教育機関に入っていくことが難しい反面、地域の文脈にとらわれずに獅子舞に参加したいと思う子どもたちにとっては、「人を楽しませる舞い方」そのものが魅力になっているようにも感じられた。そのような舞を教えること自体が、次世代への継承の工夫といえるかもしれない。
困難を超え、東京で受け継がれる誕生獅子
木藤さんにお話を伺って、本当に色々な学びのある1日だった。誕生獅子の舞いは確かにマジックを見ているようだ。始まる時は全くわからないから、誕生ってそういうことか!と気づく。人を楽しませることができ、わかりやすい魅力がある。それが東京という異郷の地にあっても、人気がある理由であるようにも思える。
そして東京で一から仲間集めをしたり、演舞させてもらう場を開拓したりと、相当の熱量が必要だ。この熱量があるからこそ、感動できる獅子舞が生まれている。
また、生田神社の神事の舞いをしっかりと身につけているからこそ、色々と活動の場を広げて挑戦をしていってよいという流れにもなる。浅草でサンバとコラボして、ヘビーなステップを踏む獅子舞になった話は本当に面白かった。新しい獅子舞演舞の場を開拓し続ける姿からも、とても可能性に溢れる獅子舞だと感じた。
誕生獅子保存会は、大人から子どもまで幅広くメンバーを募集中である。練習会を見学してみたいといった希望や、演舞のスケジュール、公演の依頼、その他のお問い合わせについても、まずは誕生獅子保存会のホームページをご確認いただきたい。
また、誕生獅子の演舞や練習会の様子を動画で見てみたい方には、木藤さんのYoutTubeチャンネルもお薦めしたい。