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ヨッカブイ。子供をさらう南薩摩の妖怪とは

ヨッカブイ。子供をさらう南薩摩の妖怪とは

南薩摩とヨッカブイ

鹿児島県南さつま市の金峰町に、ヨッカブイと呼ばれる祭りがある。聞くところによると、妖怪が子供を攫うようなおどろおどろしいものだという。

かつて薩摩半島の中心部だった日置郡に属していた金峰町は、2005年に周辺集落と合併し、南さつま市の一部となった。砂の祭典や自転車大会で活気付く南さつま市の海岸沿いは、太平洋戦争末期、最後の特攻隊が出撃した地である。金峰町のあたりも合併に伴い随分と観光地化が進んだのかと思いきや、実際現地へ出向くと、女体のように柔らかくうねった峰が広がる、静かな山岳地帯のままだった。

金峰山を主とした山々は、神仏が集まり信仰の対象となっている山、“霊峰”として古くから崇拝されてきた。青々とした夏山が強い日差しを浴び、だんまりと佇んでいる様子は、山道を行く車窓から眺めるだけでも何か違うと感じる。ヨッカブイについた妖怪のイメージもあり、このまま道を進んでいくと恐ろしく偏狭の地にたどり着くのではないかと感じていたが、祭りが開催される高橋地区へたどり着くと豊かな田園風景が広がっていた。

妖怪ヨッカブイの正体とは

ヨッカブイの正体は、水難から子供たちを守る水神だった。

鹿児島県南さつま市金峰町高橋、この辺りは温暖な気候と豊かな水に恵まれ、コメを中心とした農業が盛んであるが、かつては大雨が降るたび水害に悩まされていたそうだ。水難避けと豊作を祈って始まったのが、祭りの起源とされている。

ヨッカブイの語源は、「夜着被り」からきている。夜着とは、着物のような形をした寝具のことをいい、綿が厚く入っており、布団のように暖かいのが特徴的だ。

祭りでは棉の抜けた夜着をだらりと着崩し、シュロの頭巾をすっぽりとかぶる。確かに妖怪と言われても可笑しくない、なんとも怪しげな容子である。

祭りの中でヨッカブイは、手に持った大きな麻袋に子供を入れてしまう。

個人的には、手に持った大きな麻袋に子供を入れるという動作は、水神様が水難から子供を守ったとところを表現していた名残のように思えたが、現在は、悪い子供を戒める行事の一つとなっているようだ。

当日の様子

金峰町の人々が集まり祭りの準備をする高橋公民館前には、ボットン便所がある。“ボットン便所”と聞いても何のことかわからないという人も多いだろう。水洗式トイレと化学肥料の稲作が当然となった今は、無縁の存在となるのも当然だ。

かつて稲作では、人糞が肥料として使われていた。コメの成長を支え、1粒を何倍にも大きくする。ボットン便所は、農家の大切な原料を集める生活の知恵だった。豊かな田園風景が広がる美しいこの地にも、生活の歴史がしっかりと残っている。捨てるものなど何もなかった時代を忘れてはいけないよ、と言われたような気がした。

道は細く、大きな建物もない、自然と人間が寄り添って生活しているようなこの町には、ヨッカブイがいる。真夏の太陽下、毎年8月22日の水神祭に現れる妖怪のような存在だと聞いて駆けつけた。公民館からぞろぞろと裸足で出てきたヨッカブイは、確かに怪しげだった。人の姿をしていながら、表情がわからないところがどこかギョッとさせるのかもしれない。

ヨッカブイが集まると、鐘の音が鳴り響く。それも、金属を強く叩くような金切り声をあげる鐘だった。何度か強い音が鳴り響くと、ヨッカブイが大きな麻袋を手に、ノタノタと歩き始める。無気力な仕草が、操られている人間のように不気味さを彷彿させる。

近くの保育園へ到着すると、「ヒュルヒュルヒュル〜」と奇声をあげて子供達を追いかけ始めた。奇怪なヨッカブイの姿を目にするなり子供達は泣き叫び、逃げ惑う。麻袋に入れられた子供は、この世の終わりとばかりに大粒の涙を流していた。周囲を見渡すとカメラを大事そうに抱えた年配の方々も一緒になって走り回っている。ヨッカブイが大泣きする子供を小脇に抱えて走り去る瞬間を撮影した初老の男性は、最高の思い出だと満面の笑みを浮かべていた。ヨッカブイは、なおも大汗をかいて子供達を追いかけ続ける。
混乱状態に陥った幼稚園を走り回っているヨッカブイの姿を見ていると、これまでの恐ろしさが和らいだ。妖怪が子守を頼まれてしまったような、愉快な光景に思えてくる。

奮闘しているヨッカブイを見ていると時々、はだけた夜着から現代的な腕時計やスポーツウエアが顔を出す。思わず運動会のお父さんを連想してしまった。子供が健やかに成長していくことは、大人にとって一苦労であり、そして何よりも幸せなことである。

園児が一人残らずさらわれると、玉出神社へと移動する。子供達による河童相撲とヨッカブイによる「高橋十八度踊り」が披露されるのだ。ノタノタと歩くヨッカブイと一緒に、地元の人々もニコニコ笑みを浮かべながら神社へ向かう。
「おーいヨッカブイ、東京のもん攫うなら今だぞ〜、袋に入りそうだ〜」なんて野次を飛ばしながら、遠方から来た自分を輪に入れてくれる人もいた。平穏な時間と細道を囲む鬱蒼とした草木が心地良い。

神社へ向かう道中、80歳を優に超えているであろう老婆が腰を曲げ、ゆっくりと向かって歩いてきた。最年長のヨッカブイが道を譲り、石垣の前にすっと立つ仕草になる。
手慣れた着こなしで夜着を着崩した彼の姿は、草が這い苔むした古い石垣によく馴染んでいた。昔から変わらず、同じことを大切に続けてきたことが伝わる。この祭りは、染み付いた生活が文化となる民俗芸能である、ということを再確認した瞬間だった。

生活が変われば、文化も変わってしまう。昔から何一つ変わらない祭りでいることは難しいことだ。神聖さをなくさないで欲しいというのは、見物人が持つエゴのように思う時もある。ただ、この時は純粋に、何気ない瞬間に古くから変わらない文化の気配を感じたことがとても嬉しかった。

向かった先の相撲会場は、木漏れ日の集まる優しい神社だった。砂の地面につくられた土俵を取り囲むように観客が集まる。孫を応援する大声は、地元以外の人々も活気の中へ巻き込んでいった。
最後は、ヨッカブイと子供が相撲をとる。眉をハの字にした子供と戯けるヨッカブイ、ユーモアある光景に笑いが溢れだす。

帰り際、「昔、ヨッカブイはガラッパと呼ばれ、河童相撲の相撲甚句18番を踊ることが主だった」という話を耳にした。もしかしたら、ヨッカブイは神様ではなく河童、つまり本当に妖怪だったのかもしれない。

稲作の肥料が変わったように、時と共に祭りも変化し、今となっては詳しい経緯はわからない。確かなのは、子供が少ないと言われるこの町で、子供を中心に盛り上がる祭りが大切にされ、続いているということだ。

ヨッカブイのいるお祭りは、古き良き時代と、現代が結び付いた文化だった。

written by
鹿ちゃん

鹿ちゃん

写真家として、日本中のお祭を撮りながら旅をしています。
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